萩原修

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萩原 修(はぎわら おさむ、1960年8月7日 - )は、日本レーシングドライバー[1]

大学卒業後、横浜ゴムに入社。富士フレッシュマンレースより本格的にレース活動を始める[2]

1989年1990年は横浜ゴムからサポートを受けながら全日本F3選手権に参戦。しかし、当時のF3は参戦台数が60台にも及ぶ激戦だった為、苦戦を強いられた。

1992年1993年の2シーズン、羽根幸浩とコンビを組み、全日本ツーリングカー選手権(JTC)に日産・スカイラインGT-R(BNR32)でHKSから参戦した。

他チームのスカイラインが日産工機のメンテナンスを受けるなか、萩原と羽根のスカイラインはHKSメンテナンスによる、独自の手法を取った。1993年シーズンは、星野一義/影山正彦組や前年チャンピオンの長谷見昌弘/福山英朗組など、同クラスの強豪スカイラインチームがひしめくなか、第3戦スポーツランドSUGOで優勝を飾った[3][4]

またN1耐久(現スーパー耐久)では、三菱・ミラージュで参戦した。

2017年現在では横浜ゴム消費財製品企画部に所属し、同社のホイールブランド「YOKOHAMA WHEEL」を統括している[5]

2021年のニスモフェスティバルではゲストドライバーとして登場し、HKSスカイラインをドライブした[6]

戦績

全日本フォーミュラ3選手権

チーム シャシー エンジン 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 順位 ポイント
1989年 JOYスポーツOFファルコン レイナード・883 トヨタ・3S-G SUZ
Ret
FSW
15
SUZ
DNQ
SEN
C
TSU
DNQ
SUG
DNQ
TSU
DNQ
SUZ
DNQ
NIS
DNQ
SUZ
DNQ
NC 0
1990年 ADVAN SPORT PAL レイナード・903
ラルト・RT34
無限・MF204 SUZ
Ret
FSW
NC
SUZ
DNS
TSU
DNQ
SEN
Ret
SUG
8
TSU
14
SUZ
Ret
NIS
15
SUZ
Ret
NC 0

全日本ツーリングカー選手権

出典:[3]

チーム 使用車両 クラス 1 2 3 4 5 6 7 8 9 順位 ポイント
1992年 Kenji HKS Racing 日産・スカイラインGT-R JTC-1 TAI
15
AUT SUG
6
SUZ MIN TSU
7
SEN
6
FSW
4
12位 34
1993年 HKS Racing Co. Ltd. JTC-1 MIN
9
AUT
Ret
SUG
1
SUZ
19
TAI
Ret
TSU
9
TOK
3
SEN
2
FSW
4
10位 79

エピソード

脚注

外部リンク

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