萬行寺
福岡市博多区祇園町にある寺院
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概要
境内
歴史
沿革
享禄2年(1529年)に本願寺第8世蓮如の命により、性空(七里隼人)が開基となり普賢堂町に草庵を結ぶ。
天文5年(1536年)に本願寺から萬行寺の寺号を許される[1]。
天文9年(1540年)第2世住職理慶により萬行寺を創立[2]。
弘治3年(1557年)に普賢堂町より、櫛田神社前の冷泉町(旧・馬場町)へ移転し、冷泉町は萬行寺前町と呼ばれるようになる[1]。
寛文5年(1665年)に現在の地である下祇園町に移転[3]。
天正年間(1573-1592年)顕如の大坂本願寺籠城の際に、第5世住職正海は武器を笈に入れて城に忍び入り攻囲する織田信長軍と戦う[4]。
慶長年間(1596-1615年)徳川家康の命により浄土真宗が東西に分かれた際に、黒田長政の命によって筑前国の西派の触頭となる[4]。
明治7年(1874年)本堂・庫裏が焼失したために再建[4][5]。
明治32年(1899年)龍華孤児院を創立[5]。
龍華孤児院の設立と運営
七里恒順の遺志に基づいて七里順之によって、末寺子弟の養成機関である旧龍華教校の宿舎を孤児院に充てて創立された。明治37年(1904年)には収容児童120余人、明治39年(1906年)の福島県下の凶荒に際しては伊達郡の罹災児童37人を受け入れた[6]。