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葉弘歴

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国籍 中華人民共和国の旗 中国
生年月日 (1992-05-22) 1992年5月22日(33歳)
デビュー 2017
イェ・ホンリ
葉 弘歴
基本情報
国籍 中華人民共和国の旗 中国
生年月日 (1992-05-22) 1992年5月22日(33歳)
出身地 中華人民共和国の旗 中国
浙江省台州市路橋区
GTワールドチャレンジ・アジアでの経歴
デビュー 2017
所属 オリジン・モータースポーツ
車番 87
過去所属 アブソリュート・レーシング, HubAuto Corsa
出走回数 40
優勝回数 3
ポールポジション 2
ファステストラップ 2
過去参加シリーズ
2021–22
2016–17

2016
2015–20
2014
2011–13, 2016
ポルシェ・カレラカップ・アジア
全日本F3選手権
ユーロフォーミュラ・オープン・チャンピオンシップ
中国ツーリングカー選手権
フォーミュラ・ルノー 2.0 アルプス
アジアン・フォーミュラ・ルノー・チャレンジ
選手権タイトル
2024
2022
2018
GTワールドチャレンジ・アジア
ポルシェ・カレラカップ・アジア
中国ツーリングカー選手権

葉 弘歴(イェ・ホンリ、簡体字: 叶弘历; 拼音: Yè Hónglì、1992年5月22日 - )またはレオ・イェ(Leo Ye)は、中国のレーシングドライバー。

カート

16歳でカートでレースキャリアを開始し、中国全国カート選手権でデビュー。目立った成績が残せないままカートを中断し、イギリスのキングス・カレッジ・ロンドンに留学[1]。2012年にロータックス・マックス・チャレンジ(英語版)・チャイナのナショナルオープンクラスで優勝し、翌年も制覇し、プロののファクトリードライバーとの契約するまでシングルシーターと並行してカートで競い合った[2]。

フォーミュラ・ルノー

2011年にシングルシーターレースデビューを果たすと、上海で開催されたアジアン・フォーミュラ・ルノー・チャレンジ第4戦にスポット参戦し、翌年には第2戦(珠海)にスポット参戦した。2013年に大学卒業後にフルタイム参戦を開始し、イギリス・フォーミュラ・ルノー第5戦(ロッキンガム(英語版))・最終戦(シルバーストン)とアジアン・フォーミュラ・ルノーに参戦。後者は4レース中3勝を挙げた。

2014年、コイラネンGP(英語版)からフォーミュラ・ルノー 2.0 アルプスとユーロカップ・フォーミュラ・ルノー 2.0にゲストドライバーとして参戦。第5戦(モンツァ)のレース2で記録した9位が最高位だった。

中国ツーリングカー選手権

2015年、江蘇悦達起亜汽車のファクトリードライバーとして中国ツーリングカー選手権(英語版)(CTCC)に参戦し、参戦初年度は6位でシーズンを終えたが、その後は海外での活躍の場が広がるにつれ、CTCCへの参戦は主にパートタイムで行った。2018年に唯一のフル参戦をし、最終戦を待たずにシリーズチャンピオンを獲得。シリーズ2位の曹宏偉(英語版)に34.5ポイントの大差をつけてシーズンを終えた[3]。

フォーミュラ3

2016年にフォーミュラカーレースに復帰し、台湾を拠点とするKRCの支援を受けたB-MAX RACINGから全日本F3選手権に参戦し、アレックス・ヤンに続いて同選手権に参戦した初の中国人ドライバーとなった[4]。同年にマカオグランプリに出場したが、予選レース中に佐々木大樹のマシンに追突し宙に舞うクラッシュを喫し負傷したため、決勝には出場しなかった[5][6]。

2017年も同チームに残留し、第3戦(富士)のレース1で3位表彰台を獲得した[7]。

スポーツカーレース

2019年、スポーツカーレースに転向し、2017年と2018年にスポット参戦した後、アブソリュート・レーシングからボー・ユアンとともにGTワールドチャレンジ・アジアに参戦。2020年も同じ布陣で参戦を予定していたが、新型コロナウイルス感染症の影響で中止となった[8]。

2021年と2022年は地元中国で主戦場とし、ポルシェ・カレラカップ・アジアに出場。参戦初年度でランキング4位で終え、翌年にJUNJIE Racingから参戦し、クリス・ヴァン・ダー・ドリフト(英語版)の記録に並ぶ6連勝を達成し、最終戦を待たずにシリーズタイトルを獲得[9]。

2023年、R&BレーシングからGTワールドチャレンジ・アジアに参戦。チームメイトは2019年以来、再びタッグを組むボー・ユアン[10]。また、FIA GTワールドカップ(英語版)にも出場し、ケビン・エストレ、マッテオ・カイローリ(英語版)を抑えて総合10位でフィニッシュすると同時に、シルバーカップのタイトルを獲得した[11]。

2024年、R&Bレーシングからオリジン・モータースポーツへと変更し、最終戦(上海)でアンソニー・リュウ・シェイ/アレッシオ・ピカリエッロ組とのタイトル争いを制し、シリーズチャンピオンを獲得[12]。

レース戦績

脚注

外部リンク

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