1683年(天和3年)におきた天和日光地震によって地すべりが発生し、鬼怒川支流の男鹿川が堰き止められて地すべりダムが出現した[1]。江戸の日本橋から50里の距離にあることから五十里湖と呼ばれたという。その後、1723年(享保8年)8月の数日降り続いた雨で決壊して下流の約70の村に洪水を引き起こした[1]。このときに、温泉が湧き出すのが発見され、これが今の川治温泉になり、また下流の岩が削られ、竜王峡の峡谷ができた。
のちに地すべりのあった地点から約2 km下流に五十里ダムが建造された[1]。このダム湖もまた五十里湖と呼ばれている。