葛西裕一
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- 日本ならびに東洋太平洋ジュニアフェザー級(現・スーパーバンタム級)王座獲得。同級での世界挑戦を3度経験。最高世界ランキングはWBA・WBC1位。
- 松本好二とは横浜高校ボクシング部の同期で、共に専修大学に進学して中退し、同じ年にプロデビューしている。
- 引退後は帝拳ジムトレーナーとして後進の指導に当たり西岡利晃、三浦隆司、五十嵐俊幸、下田昭文を世界王者にしている。2008年度エディ・タウンゼント賞受賞。日本テレビダイナミックグローブ、WOWOWエキサイトマッチなどで解説者としても活動していた。
- 現在はボクシング・フィットネスジムGLOVESの会長として後進の指導に当たっており、キックボクサー時代の那須川天心にもパンチを教えた事がある。
来歴
ブルース・リーにはまり格闘技好きに。中学時代に親友と世界チャンピオンの影響でボクシングを始める。
1987年、横浜高校2年時に第42回国民体育大会優勝、3年時に全日本高校バンタム級優勝。専修大学法学部中退[1][2](アマチュア通算48戦44勝24RSC4敗)。
1992年9月5日、15戦目で日本王座初挑戦。小泉秀司と空位の日本ジュニアフェザー級(現:スーパーバンタム級)王座を争い、2回KO勝ち。王座獲得に成功。12月5日には阿部真一を7回TKOに降し、初防衛成功。
1993年4月3日、現役世界ランカーのアブラハム・トーレス(ベネズエラ)とノンタイトル10回戦を戦い、フルラウンドの死闘の末、引き分け。デビュー戦からの連勝は16でストップするが、無敗はキープしたまま。
同年7月3日、山岡正規を10回判定で破り、日本王座2度目の防衛成功。その後、12月20日に王座返上。
1994年3月2日、無敗のまま20戦目で世界初挑戦。東京体育館でWBA世界ジュニアフェザー級王者ウィルフレド・バスケス(プエルトリコ)に挑むが、初回に3度のダウンを喫してのKO負け。自身初の敗北。
世界初挑戦後、ベネズエラ武者修行に。現地でノンタイトル戦2試合を行い、いずれもKO勝ち。
同年9月24日、ベネズエラで南米ジュニアフェザー級王座決定戦出場。ラモン・グスマン(ベネズエラ)と対戦したが、6回負傷TKO負けで王座獲得ならず。その後、日本に帰国。
1995年2月4日、帰国初戦でOPBF東洋太平洋ジュニアフェザー級王座挑戦。権熙允(韓国)をダウンを奪う12回判定で破り、王座獲得に成功。6月3日にはジュン・リヤノ(フィリピン)を10回KOで破り、初防衛に成功。その後、ノンタイトル戦を2度行い、1996年10月14日、東洋太平洋王座返上。
1996年12月21日、世界再挑戦。米国・ラスベガスに渡り、前年にバスケスからWBA世界ジュニアフェザー級王座を獲得したアントニオ・セルメニョ(ベネズエラ)に指名挑戦者として挑み追い詰めるが、12回判定で惜敗。
1997年7月26日、3度目の世界挑戦。横浜アリーナでセルメニョと再戦。最終・12回、王者の連打をまともに浴び、後頭部をキャンバスに強打する痛烈なダウン。ノーカウントで試合がストップされ、TKO負け。試合後、担架に乗せられ、そのまま会場近くの病院へ直行したが、幸い大事には至らず。結局、この試合を最後に引退。その後、9月26日、東京・後楽園ホールのリングにセコンド初登場。
戦績
- プロボクシング:29戦 24勝 (16KO) 4敗 1分
| 戦 | 日付 | 勝敗 | 時間 | 内容 | 対戦相手 | 国籍 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 1989年8月12日 | ☆ | 1R 2:05 | TKO | アンチェイン梶(陽光アダチ) | ||
| 2 | 1989年11月30日 | ☆ | 2R 1:49 | KO | 永石磨(陽光アダチ) | ||
| 3 | 1990年2月17日 | ☆ | 6R | 判定 3-0 | 矢野聡彦(京浜) | ||
| 4 | 1990年4月14日 | ☆ | 5R 2:10 | TKO | 松岡豊(花形) | ||
| 5 | 1990年7月6日 | ☆ | 8R | 判定 3-0 | スピーディ菊地(カワイ) | ||
| 6 | 1990年11月3日 | ☆ | 2R 3:05 | KO | 田崎悟(日東) | ||
| 7 | 1991年2月17日 | ☆ | 10R | 判定 3-0 | リック・バヘロット | ||
| 8 | 1991年5月18日 | ☆ | 2R 2:17 | KO | イム・ジョンヒョン | ||
| 9 | 1991年7月29日 | ☆ | 4R 2:02 | TKO | 福本博章(木下) | ||
| 10 | 1991年9月25日 | ☆ | 2R 1:52 | KO | 阿部真一(ハッピー) | ||
| 11 | 1991年11月11日 | ☆ | 2R 2:35 | KO | 徳久勝人(京拳) | ||
| 12 | 1992年2月24日 | ☆ | 3R 1:33 | TKO | フランシスコ・ルエバノ | ||
| 13 | 1992年4月11日 | ☆ | 3R 2:20 | TKO | エロイ・コルテス | ||
| 14 | 1992年5月9日 | ☆ | 6R | 判定 2-0 | ホセ・マンハレス | ||
| 15 | 1992年9月5日 | ☆ | 2R 1:35 | KO | 小泉秀司(角海老宝石) | 日本スーパーバンタム級王座決定戦 | |
| 16 | 1992年12月6日 | ☆ | 7R 1:42 | TKO | 阿部真一(ハッピー) | 日本防衛1 | |
| 17 | 1993年4月3日 | △ | 10R | 判定 1-1 | アブラアム・トーレス | ||
| 18 | 1993年7月3日 | ☆ | 10R | 判定 3-0 | 山岡正規(トクホン真闘) | 日本防衛2 | |
| 19 | 1993年10月7日 | ☆ | 10R | 判定 3-0 | ジェローム・コッフィー | ||
| 20 | 1994年3月2日 | ★ | 1R 2:05 | KO | ウィルフレド・バスケス | WBA世界スーパーバンタム級タイトルマッチ | |
| 21 | 1994年6月4日 | ☆ | 2R | KO | ラモン・モリーナ | ||
| 22 | 1994年7月2日 | ☆ | 7R | 負傷判定 3-0 | フランシスコ・チャベス | ||
| 23 | 1994年9月23日 | ★ | 6R | TKO | ラモン・グスマン | ||
| 24 | 1995年2月4日 | ☆ | 12R | 判定 2-1 | 権熙允 | OPBF東洋太平洋スーパーバンタム級タイトルマッチ | |
| 25 | 1995年6月3日 | ☆ | 10R 2:15 | KO | ジュン・リャノ | OPBF防衛1 | |
| 26 | 1996年3月23日 | ☆ | 5R 035 | KO | ノエ・サンティヤナ | ||
| 27 | 1996年9月7日 | ☆ | 10R | 判定 3-0 | フリオ・セサル・カルドーナ | ||
| 28 | 1996年12月21日 | ★ | 12R | 判定 0-3 | アントニオ・セルメニョ | WBA世界スーパーバンタム級タイトルマッチ | |
| 29 | 1997年7月26日 | ★ | 12R 2:35 | KO | アントニオ・セルメニョ | WBA世界スーパーバンタム級タイトルマッチ | |
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