蒙古斑
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胚の発育の段階で、真皮内のメラノサイトが神経堤から表皮までの移動する間に受ける刺激によって発生する。性差は認められず、男女とも同じ割合で発生する。真皮メラノサイト(蒙古斑細胞)は、生後の種々の色素病変に関係する。太田母斑、口唇裂に合併した蒙古斑、後天性太田母斑様メラノージス、色素血管母斑症などである。
江戸時代の日本人は、妊娠中の性行為で出血した跡と考えた。ドイツから内科学教授として東京大学に招かれたエルヴィン・フォン・ベルツはこれをモンゴロイドの特徴ととらえ、1885年に"Mongolian Spot"を提唱した[3]。1930年、師岡浩三は『本邦人の蒙古斑について』という120ページに亙る学位論文を発表、顕微鏡的には胎児3か月、肉眼的には7か月で蒙古斑細胞が出現する。またその細胞は、2歳まで増加し、顕微鏡的には一生つづくと発表した。
分布
蒙古斑はモンゴル人、テュルク系民族の一部、ツングース系民族、サモエード人(ネネツ人)、漢民族(中国人)、チベット人、大和民族・琉球民族(日本人)、朝鮮民族(韓国人)、アメリカ大陸先住民(イヌイット・アレウト人)などに高頻度で現れることから、ベルツによってモンゴロイドの特徴とされたが、実際にはネグロイドとオーストラロイドにも高頻度で現れる。逆に古モンゴロイドに属するアイノイド(アイヌ)は11%と稀である。
発生率はモンゴル人の幼児で95%、他の東アジア人の幼児で80%、ヒスパニック系の幼児で40-50%、インド・ヨーロッパ語族の幼児で1-10%と言われている[4]。西欧において、蒙古斑の知識がない人々やソーシャルワーカーや医療スタッフが、児童虐待による傷であると誤解することもある[5]。
日本語における言い回し
異所性蒙古斑
治療
蒙古斑はほとんどが10歳前後までには消えるため自然な消失を様子見する。1-2%の人は思春期を過ぎても残っているが、レーザー以外の治療は推奨できない[8]。
