蓬萊
古代中国の伝承上の地名
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『山海経』における記述
『史記』における記述
三神山
五神山
三神山の他にも「岱輿」(たいよ)と「員嶠」(いんきょう)があり、かつては「五神山」だったのだがこの二つは流れて消えてしまって三神山になったのだという伝説もある。
日本における蓬萊
日本では浦島伝説の一つ『丹後国風土記』逸文では「蓬山」と書いて「とこよのくに」と読み、文脈にも神仙などの用語が出てくること、田道間守の話や他の常世国伝承にも不老不死など神仙思想の影響が窺えることから理想郷の伝承として海神宮などと習合したとも思われる。
平安時代に、僧侶の寛輔が、「蓬莱山」とは富士山を指すと述べた[4]。
『竹取物語』にも、「東の海に蓬莱という山あるなり」と記される[3]。求婚者の一人の車持皇子に難題として「蓬莱の玉の枝」を採取して持参することが課せられ、この玉の枝を巡る話が物語の一章をなす。また、富士山と結び付けられて言及されることがあり、謡曲の一つ『富士山』[5]には「然れば本号は不死山なりしを。郡の名に寄せて。富士の山とは申すなり。是蓬莱の。仙境たり」とあり、林羅山は「士峰元是小蓬莱」と詩に詠んだ[6]。
