
泉響の湯
発見は1174年とされる。
明治時代の紀行作家大町桂月はこの温泉をこよなく愛し、奥入瀬渓流のそこここの美しさに心奪われる流れや滝・岩に名前を付け、全国に紹介した。晩年は本籍を土佐よりこの地に移し、終のすみ家にした。今も彼の墓が敷地内にあり、季節の移ろいを静かに楽しんでいる。
また、戦後を代表するプロレスラーで参議院議員も務めたアントニオ猪木は夫人と共にしばしばこの温泉を訪れ、死後はこの地で眠ることを希望して墓を建立し、先に亡くなった夫人の遺骨を納めている[4]。また、アントニオ猪木死去後も、猪木が出演するCMは、放送を継続している。