藤原実範

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時代 平安時代中期
生誕 不詳
死没 不詳
 
藤原 実範
時代 平安時代中期
生誕 不詳
死没 不詳
官位 従四位上文章博士
主君 後一条天皇後朱雀天皇後冷泉天皇
氏族 藤原南家貞嗣流
父母 父:藤原能通、母:藤原元尹の娘
小野資通の娘、高階業敏の娘
成季季重季兼季綱行綱、興義、実慶
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藤原 実範(ふじわら の さねのり)は、平安時代中期の廷臣漢詩人藤原南家貞嗣流従三位藤原永頼の孫。但馬守藤原能通の長男。官位従四位上文章博士

文章博士藤原義忠に師事し、治安3年(1023年)に文章得業生となって世に出る。後一条朝蔵人所雑色六位蔵人を務めた。のち、左兵衛佐備後守を経て、後冷泉朝にて文章博士大学頭を務めたほか、伊予権介讃岐介駿河守等を兼国した。位階従四位上に至る。康平5年(1062年)病のため致仕。

生涯をかけて紀伝道をよく修め、当代随一の権威として知られた。漢詩人として、その詩作は『本朝無題詩』『本朝続文粋』などに収録されている。

官歴

系譜

脚注

参考文献

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