尾張職子

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尾張 職子(おわり の もとこ、1059年康平2年) - 1130年大治5年))は、平安時代後期の女性松御前(まつごぜん)の名で知られ、熱田神宮大宮司尾張員職の娘で、源頼朝曾祖母にあたる[1]

出自と結婚

1059年康平2年)、尾張氏の一族で熱田大宮司尾張員職の娘として生まれる[2]。当時、大宮司家は国司との連携を深めており、員職は娘・職子を尾張国目代藤原季兼に嫁がせた[3]。この婚姻により、大宮司職は尾張氏から藤原氏(のちの千秋家)に移行した[3]

新城での生活

職子は夫の季兼と共に三河国野田城(現在の愛知県新城市稲木)で暮らし、1130年大治5年)に同地で没した[2]は稲木地区の境界にある雁峰山系の城ヶ峰山山頂あり、2019年令和元年)には地元陶芸家・加藤夢堂作の源頼朝坐像が設置された[4][2][5]

伝承と顕彰

系譜

脚注

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