藤原麻起子
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生い立ち
1983年11月6日、岩手県東磐井郡千厩町千厩(現:一関市千厩町千厩)に生まれる[1][2]。千厩町立千厩小学校に入学後、幼少期より姉のソフトボールの試合を観戦していたことを機に4年生からソフトボールクラブに入団した。練習では姉のプレーを意識していたという[4][2]。
千厩町立千厩中学校に進学後はソフトボール部に所属し、1998年の全国中学校ソフトボール大会では優勝を果たした[4]。
中学卒業後、埼玉県川越市の星野女子高等学校(現:星野高等学校女子部)に進学した[4]。
実業団選手として
高校卒業後、当時日本リーグ1部に所属していた東邦銀行女子ソフトボール部に入団。しかし1年目でチームが廃部になり退団した。
2003年に東北福祉大学へ入学。2005年の全日本大学ソフトボール選手権大会では優勝、2006年の世界大学ソフトボール選手権大会では3位に入賞した[4]。
大学卒業後、2007年に日立ソフトウェア(現:日立サンディーバ)へ入団。2009年には日本リーグの最多勝利投手賞を獲得した[1]。2010年には第12回世界女子ソフトボール選手権へ出場し、銀メダルを獲得した[3]。
2011年のシーズンをもって日立ソフトウェアを退団し、実業団選手生活に幕を閉じた[1]。
引退後
2012年度より地元の岩手県立千厩高等学校に教員として着任。同校女子ソフトボール部の顧問としても指導に当たっていたが[2]、のちに他校へ異動となった[5]。