藤本修二

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1964-07-22) 1964年7月22日(61歳)
身長
体重
180 cm
85 kg
藤本 修二
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 愛媛県今治市
生年月日 (1964-07-22) 1964年7月22日(61歳)
身長
体重
180 cm
85 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1982年 ドラフト5位
初出場 1984年4月21日
最終出場 1994年8月23日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

藤本 修二(ふじもと しゅうじ、1964年7月22日 - )は、愛媛県今治市出身の元プロ野球選手投手)。

今治西高では1981年、2年生の時にエースとして、小学校から同期の武田康とバッテリーを組み、夏の甲子園に出場。準々決勝に進出するが、この大会に優勝した報徳学園高金村義明投手に抑えられ、1-3で敗退。1年上のチームメートに渡辺弘投手がいた。翌年夏は県予選決勝に進出するが川之江高に敗れ、甲子園出場を逸する。

1982年プロ野球ドラフト会議南海ホークスから5位指名を受け入団。

1984年から1988年に7勝、8勝、10勝、15勝、10勝を挙げ先発ローテーションの一角を守った。

1986年、4月5日との西武戦でプロ初出場となった清原和博とも勝負する。第一打席は四球、第二打席で9回裏2死走者なしの場面で本塁打を打たれたものの[1]チームそのものは勝利した。勝利投手となったものの勝利インタビューに関する内容は自分の勝利に関することではなく清原との勝負に関することであったことに苦笑したという[2]

1987年は15勝を挙げ、両山内と呼ばれた山内孝徳山内和宏とともに、南海がこの年シーズン終盤まで久々に優勝を争う原動力となった。

1988年シーズン終了後に、球団が大阪市から福岡市へ本拠地を移転[3]してからは、右大腿内転筋の故障などでほとんど働けなかった。南海時代指導を受けた河村英文によると、1990年に監督に就任した田淵幸一に心技両面で翻弄され尽くし、半ばノイローゼのようになった時期があったという[4]

1990年オフに5対4の大型トレードで阪神タイガースへ移籍した(藤本修二、西川佳明吉田博之右田雅彦近田豊年池田親興大野久岩切英司渡真利克則)。

1992年オフに戦力外となり、西武ライオンズにテスト入団。西武では主に中継ぎとして活躍した。

1995年限りで引退。

引退後は阪神の打撃投手、チーム・スタッフ(一軍用具担当)を務め[5]2021年現在は選手寮の寮長を務める[6][7]

南海時代のキャンプ中、宿舎近くの公園にいた猫に餌をあげようとしたところ指を噛まれてしまい、1週間投球練習ができなくなった。このことから「ニャンコ」の愛称がついた[5]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
1984 南海
ダイエー
3120500760--.538714162.0152209005822095854.721.49
1985 37319308170--.320877196.121523831681601291185.411.52
1986 312281010121--.455679159.2154125254803078673.781.29
1987 312916451582--.652908217.02031760651263087763.151.21
1988 302682110151--.400734169.11781865551156094814.311.44
1989 42000010--.0005211.21214106011096.941.37
1990 1511100170--.12529962.085183621242165659.441.95
1991 阪神 304000052--.00028259.26883522430050466.941.73
1993 西武 272000100--1.00019548.04541301260020142.631.21
1994 40000100--1.000265.280210500000.001.76
通算:10年 2401474710653716--.42747661091.1112012144023295882226285614.631.43
  • 各年度の太字はリーグ最高
  • 南海(南海ホークス)は、1989年にダイエー(福岡ダイエーホークス)に球団名を変更

表彰

記録

背番号

  • 50 (1983年 - 1984年)
  • 20 (1985年 - 1990年)
  • 26 (1991年 - 1992年)
  • 13 (1993年)
  • 15 (1994年 - 1995年)
  • 103 (1996年 - 2001年)

脚注

関連項目

外部リンク

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