藤本茂喜
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明徳高では2年秋の四国大会1回戦で畠山準、水野雄仁を擁する池田高を破ってベスト4となり同校初の甲子園となる1982年の第54回選抜高等学校野球大会では、背番号10番ながら4番打者として活躍。2回戦の箕島高戦では3安打を放つが、チームは延長14回の末サヨナラ負けを喫した。3年夏の県大会は投手も務めたがベスト4。2学年上に河野博文、横田真之がいた。
1982年のプロ野球ドラフト会議で読売ジャイアンツから6位指名を受け入団。
一軍出場は、プロ4年目の1986年に1試合出場したのみで、1989年限りで現役を引退。
引退後は、巨人のスカウトを務め[1]、久保裕也、矢野謙次、林昌範、岩舘学、松本哲也、吉川尚輝らを担当した[2]。その後は、2018年までジャイアンツアカデミーのコーチを勤めた。