藤田四郎
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志摩国鳥羽出身。鳥羽藩士・藤田龍三の三男に生まれ[3][4]、出生地は越後国西蒲原郡弥彦村[5]、東京帝国大学法科大学卒業[6]。明治18年(1885年)、外務省に出仕し御用掛外交官試補、外務省参事官となり、ベルリンやウィーンの公使館に勤務した。その後逓信省に転じ、参事官と後藤象二郎逓信大臣の秘書官を兼ねた。さらに明治25年(1892年)には農商務省に転じ、参事官・後藤象二郎農商務大臣秘書官・特許局長・農務局長を歴任した[7]。明治31年(1898年)5月から7月まで農商務次官を務め、11月に再任された。明治33年(1900年)に次官が総務長官に改称されたが、そのまま留任して翌年まで務めた。退官後、1901年(明治34年)6月5日、貴族院議員に勅選された[8]。錦鶏間祗候[9]。
