藤田浩平

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愛称 こうへい
カタカナ フジタ コウヘイ
ラテン文字 FUJITA Kohei
国籍 日本の旗 日本
藤田 浩平
名前
愛称 こうへい
カタカナ フジタ コウヘイ
ラテン文字 FUJITA Kohei
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1989-06-19) 1989年6月19日(36歳)
出身地 兵庫県
身長 176cm
体重 70kg
選手情報
ポジション MF
利き足 右足
ユース
日本の旗 西神SC
日本の旗 須磨FC
2005-2007 日本の旗 神戸国際大学附属高校
2008-2011 日本の旗 立命館大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2012-2016 日本の旗 カマタマーレ讃岐 58 (1)
2017-2020 日本の旗 鈴鹿ポイントゲッターズ[注 1] 71 (3)
2021-2022 日本の旗 Cento Cuore HARIMA 24 (2)
通算 153 (6)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

藤田 浩平(ふじた こうへい、1989年6月19日 - )は、兵庫県出身で、サッカー指導者。元サッカー選手。現役時代のポジションは、MF

同じCento Cuore HARIMA所属の藤田祥史は兄である。

ボールキープ力と、左右両足から繰り出す長短のパスの精度が魅力[1]。ミドルシュートが得意[1]

神戸国際大学附属高校から立命館大学を経て、2012年カマタマーレ讃岐へ加入[2]

ボランチが本職であるが、トップ下やFWもこなすことがある[1]

2013年2月19日、高知県高知市春野で行われた東京ヴェルディとの練習試合中、ペ・デウォンから受けた接触プレイにより、右足関節開放性脱臼骨折の重傷を負う[3]。練習試合は直後に中止となり、東京ヴェルディが公式ホームページに謝罪文を掲載する事態に至った[4]。8月31日の天皇杯一回戦、高松商業高校戦で公式戦に復帰。自らゴールを決めるなど、勝利に大きく貢献した。

2016年シーズンをもって、契約満了のため讃岐を退団[5]

2017年、鈴鹿アンリミテッドFCへ完全移籍[6]

2021年1月25日、Cento Cuore HARIMAへの移籍が発表された[7]

2022年11月2日、現役引退を発表[8]。2023年2月27日に、同クラブのトップチームコーチ兼メンタルコーチ、営業・運営事業コーディネーター就任が発表された[9]

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2012讃岐16JFL171-11182
2013640-1151
2014J2110-10120
2015190-10200
201670-1080
2017鈴鹿3東海1部143-10153
20186130-10140
2019JFL300--300
2020140-10150
2021HARIMA関西1部131--131
2022111-10121
通算日本J2 370-30400
日本JFL 651-32683
日本東海1部 273-20293
日本関西1部 242-10252
総通算 1536-921628

その他の公式戦

代表歴

  • 2006年
    • 兵庫県新人大会優秀選手
    • 兵庫県U-17選抜選手

指導歴

脚注

出典

関連項目

外部リンク

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