藤田陽子 (子役)
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1919年7月25日、東京府東京市麻布区(現在の東京都港区)に生まれる。1923年4月、姉の藤田房子と共に松竹蒲田撮影所に入社[1]同年公開の野村芳亭監督の『母』でデビューした。その後も出演を続け、1926年の『曲馬団の姉妹』(斎藤寅次郎監督)で小桜葉子と共に主演。
この頃の松竹では、高尾光子、小藤田正一、小桜らの子役が評判を集めていて、藤田姉妹も彼女らに負けない人気を保っていた。ただ、姉妹2人では陽子が人気を一歩リードしていた[2]。
1933年公開の日本初のトーキーアニメ『力と女の世の中』に声の出演をする。
1934年に子役から一般女優に昇格したが、この年の終わりに姉と松竹を退社[1][3]。
1935年、姉・房子とともに笑の王国に参加。約一年ほど活動ののち、1936年10月には姉妹ともに退団する。房子はその後古川ロッパ一座に入団するが、陽子は病気療養のため引退[4]。
1938年、大森区新井宿(現在の大田区中央)へ転居[5]。その後時期ははっきりしないが、2007年に出版された「古川ロッパ昭和日記」[6]1938年(昭和13年)11月24日の文中によると「藤田房子、妹(陽子)危篤とて東京へ帰ってしまひ」とあるのでこの日以降間もなく没したと思われる[7]。没年不詳。