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藤﨑忍

日本の実業家 From Wikipedia, the free encyclopedia

藤﨑 忍(ふじさき しのぶ、1966年7月21日 - )は、日本の実業家、著作家。株式会社ドムドムフードサービス代表取締役社長、株式会社WOWOW取締役監査等委員、カルチュア・エンタテインメントグループ株式会社社外取締役、ぷらっとホーム株式会社社外取締役。東京都墨田区出身、青山学院女子短期大学卒業。

生誕 山本忍(旧姓)
(1966-07-21) 1966年7月21日(60歳)
日本の旗 日本・東京都
国籍 日本の旗 日本
概要 ふじさき しのぶ 藤﨑 忍, 生誕 ...
ふじさき しのぶ
藤﨑 忍
生誕 山本忍(旧姓)
(1966-07-21) 1966年7月21日(60歳)
日本の旗 日本・東京都
国籍 日本の旗 日本
出身校 青山学院女子短期大学
職業 実業家
著作家
活動期間 2005年 - 現在
団体 株式会社ドムドムフードサービス代表取締役社長
株式会社WOWOW取締役監査等委員
カルチュア・エンタテインメントグループ株式会社社外取締役
ぷらっとホーム株式会社社外取締役
テレビ番組 『カンブリア宮殿』
『ガイアの夜明け』
『激レアさんを連れてきた。』
『ひかくてきファンです!』
『カバン持ちさせてください!』
配偶者 藤崎繁武(墨田区議会議員)
子供 藤崎こうき(墨田区議会議員)
親 山本賢太郎(東京都議会議員)
受賞 日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー
公式サイト 藤﨑忍 (@fujisakishinobu) - Instagram
藤﨑忍 (@dom_fujisaki) - X(旧Twitter)
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経歴

東京都墨田区の向島にある煎餅屋に生まれる。地方議員だった祖父を持つ藤崎の家庭は、父親の山本賢太郎も都議会議員を務めた筋金入りの政治家一家で、母方の家業である煎餅屋のほかに不動産屋や保険代理店なども営んでいた。青山学院初等部、青山学院中等部、青山学院高等部、青山学院女子短期大学を卒業後、藤崎繁武(墨田区議会議員)と結婚。1989年に長男・こうきを出産し[1]、専業主婦として家事をこなしながら夫の政治活動を支えていた[2]。

2005年(平成17年)、夫が墨田区議会を5期務めた後、都議選に挑戦するも次点で落選。その後、夫は心筋梗塞で倒れてしまう[3]。同年8月、39歳で初めて就職し、友人の母親が経営していた渋谷109内のアパレルショップ「MANA」(株式会社ブティックヤマトヤ)で店長を務め、年商約9000万円だった店をわずか4年で年商約2億円の人気店にまで急成長させた[4][5]。

2006年(平成18年)6月、株式会社ブティックヤマトヤ専務取締役に就任[4]。

2009年(平成21年)、選挙への再出馬に意気込む夫が脳卒中で再び倒れ、左半身麻痺で身体障害者1級・要介護4の認定を受ける。そんな厳しい状況のなか渋谷109のアパレルショップが経営方針を変えたことで仕事を失う。ブティックヤマトヤを退職[4]。

2010年(平成22年)、44歳で初めて転職し、ニュー新橋ビル内の小料理店にアルバイト店員として就業する[5]。

2011年(平成23年)3月22日、ニュー新橋ビルに家庭料理の居酒屋「そらき」を開業し、連日満席の繁盛店に成長させつつ、2号店を出店。同年11月、小玉産業株式会社と「そらき」が合併し、 同社の代表取締役に就任する[6][5]。

2015年(平成27年)、49歳のとき夫が他界[7]。

2017年(平成29年)11月、株式会社レンブラント・インベストメント入社。株式会社ドムドムフードサービス出向。初めて提案した「手作り厚焼きたまごバーガー」がヒット商品となる[8]。

2018年(平成30年)8月、52歳のとき株式会社ドムドムフードサービス代表取締役に就任。「丸ごと!! カニバーガー」がSNSでバズるなど、短期間で業績を回復させたことにより多数の取材[9][10][11]を受け世間の注目を集める。

2021年(令和3年)7月、ダイヤモンド社から初の著書『ドムドムの逆襲 - 39歳まで主婦だった私の「思いやり」経営戦略』を出版。同月10月、2冊目の著書『藤﨑流「関係力」これまで培ってきた関係力をフルに発揮し、成功へと導く』を出版[12]。

2022年(令和4年)日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー2022「思いやり経営賞」を受賞[13]。

2025年(令和7年)6月27日、ぷらっとホーム株式会社社外取締役に就任[14]。同年11月、3冊目の著書『39歳、初就職。』を出版[15]。

現在、カルチュア・エンタテインメントグループ株式会社社外取締役[16]、株式会社WOWOW取締役監査等委員を務める[17]。

人物

  • 趣味は料理、食べること、食べてもらうことが好き[18]。
  • 幼少期から政治家一家。1階に煎餅屋と選挙事務所を構える建物の4階に、兄弟を含めた家族6人で生活していた。よく煎餅屋の店頭に立つ母を手伝ったり、選挙に出馬する父の活動を応援した[2]。
  • 高校時代はハンドボール部のキャプテンを務める[19]。

ビジネス論

  • 思い切った商品を出す時は過剰な議論をせず、大胆な発想のまま世に送り出す。開発会議では「私が責任を持つから、どんどん新しいアイデアを出して」と、社員の提案が通りやすい環境になるよう心がけている[5]。
  • 初めての就職先が「渋谷109」。同僚のギャル店員から“こだわらない心”を学んだ。その体験が9か月でドムドムフードサービスの社長に抜擢され、成功の足がかりになった[20]。
  • 自らを不安症を呼ぶ。自信がないから努力をして自信をつけていく。「自信はなくていい」とインタビューで答えている[21]。

著書

TVメディア

脚注

関連項目

外部リンク

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