蘇山荘
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| 蘇山荘 | |
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| 情報 | |
| 用途 | カフェ・バーラウンジ |
| 旧用途 | 迎賓館[1] |
| 構造形式 | 木造、桟瓦葺、入母屋造(一部寄棟造)[1][2] |
| 建築面積 | 147 m² [1] |
| 階数 | 平屋建 |
| 竣工 | 1937年[1] |
| 所在地 |
〒461-0032 愛知県名古屋市東区徳川町1001[1] |
| 座標 | 北緯35度11分3.47秒 東経136度55分55.9秒 / 北緯35.1842972度 東経136.932194度座標: 北緯35度11分3.47秒 東経136度55分55.9秒 / 北緯35.1842972度 東経136.932194度 |
| 文化財 | 登録有形文化財 |
| 指定・登録等日 | 2014年10月7日[1] |
| 備考 | 2004年改修[1] |
蘇山荘(そざんそう)は、愛知県名古屋市東区徳川町の徳川園内にある建築物。認定地域建造物資産[3]。登録有形文化財[1]。

1937年(昭和12年)、愛知県名古屋市の名古屋港 (現在の名古屋市港北公園、名古屋市港区役所、ららぽーと名古屋みなとアルクス一帯)で開催された名古屋汎太平洋平和博覧会で、木曽ヒノキの宣伝を目的に迎賓館和館として建築された[1]。博覧会開催中は檜荘と呼ばれていた[4]。
博覧会閉会後は名古屋市に寄贈され、同年に東区の徳川園に移築された[2]。徳川園は1931年(昭和6年)に一般公開を開始した庭園である[5]。太平洋戦争時には徳川園も名古屋大空襲で、黒門、徳川美術館本館、山の茶屋、蓬左文庫書庫、蘇山荘などを除き焼失している[5]。
焼け残った蘇山荘は1947年(昭和22年)から1996年(平成8年)までは名古屋市営の結婚式場「徳川園会館」として使用された[2][6]。戦後、徳川園は拡張されて葵公園という名称になったが、1989年(平成元年)には再び徳川園という名称に戻されている[5]。
2004年(平成16年)に改修され[1][2]、同年11月から株式会社ゼットンが運営する「ガーデンレストラン徳川園」の別館となり、昼はカフェ、夜はバーラウンジとして使用されている[7]。
2011年(平成23年)10月17日に名古屋市の認定地域建造物資産に認定された[3]。2014年(平成26年)10月7日には国の登録有形文化財に登録された[1]。