205年、曹操の指揮の下、曹純が虎豹騎を指揮して、袁譚を討ち取った。
207年、烏丸との戦いで、曹操の指揮の下、曹純が虎豹騎を指揮して、蹋頓を捕虜にした。
208年、曹操の指揮の下、曹純が虎豹騎を指揮して、長坂の戦いで劉備を破り、劉備の二人の娘を始めとして多くの捕虜を捕らえて、江陵を占領した。
211年、潼関の戦いで、曹操は虎豹騎ら勇猛な騎兵部隊を出して、馬超・韓遂らを歩兵部隊とで挟み撃ちにし、大いに破り、成宜・李堪を討ち取った。
虎豹騎という部隊が『三国志』に現れる前は、曹操の親族で曹純の兄の曹仁が騎兵隊の指揮を執って、対陶謙戦や官渡の戦いで功績を挙げている。
『三国志』では、官渡の戦い以前は、曹操軍で騎兵部隊が単独で運用されたという記述のうち、曹仁が騎兵部隊の指揮を執ったという記述の割合が高く、曹操軍で騎兵部隊は曹仁が中心となって運用していたと思われる。