蚊野神社
三重県度会郡玉城町にある神社
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概要
蚊野神社
蚊野神社は内宮摂社であり、鏡を神体とする[7]。「かなもりさん」の名で親しまれる[2][6]。中川経雅は『大神宮儀式解』で「かなもり」を「蚊野森」の転訛であるとし、社名は鎮座地名に由来すると解説している[8]。
祭神は大神御蔭川神(おおかみのみかげかわのかみ)[2][6]。鎮座地の蚊野地区を流れる外城田川の支流の川の神で[6]、地域の開拓神とされる[2]。蚊野神社と同じ内宮摂社の御船神社でも同じ神を祀る[7]。『神名帳考証』は祭神を瀬織津姫命(せおりつひめのみこと)とし[3]、大神御蔭川神の名を「川に臨んで罪を祓い清浄に至るのは天照大神の御霊」と解釈した[4]。
社殿は古代、正殿が長さ10尺(≒3.03m)×広さ9尺(≒2.73m)×高さ5尺(≒1.52m)、御床が長さ4.5尺(≒1.36m)×広さ2.5尺(≒0.758m)×高さ1尺(≒0.303m)と規定され、瑞垣・御門・玉垣を備えていた[5]。
蚊野御前神社
歴史
『太神宮式』によれば、雄略天皇が定めた神社とされる[8]。正宮と並び20年に1度造り替えられる神社の1つと規定され、造替使がその任に当たった[8]。中世に入ると造替は不安定となり、文永3年12月30日(ユリウス暦:1267年1月26日)の造替では御前社・御門・瑞垣・鳥居は造進されず、暦応3年12月8日(ユリウス暦:1340年12月27日)に加賀国の役夫工米をもって造替を命じたという記録を最後に明確な造替記録は途絶えてしまう[8]。
寛文3年9月7日(グレゴリオ暦:1663年10月7日)、大宮司・河邊精長の尽力により、現社地に再興される[8]。再興前の現地調査では柱の穴や朽ちた柱が確認され、旧社地と断定された[4]。この地への再興に関して異論は出されていない[4]。
