蝦名大也
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| 蝦名 大也 えびな ひろや | |
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内閣府地方創生推進室より公表された肖像 | |
| 生年月日 | 1959年1月4日 |
| 出生地 |
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| 没年月日 | 2026年1月7日(67歳没) |
| 死没地 |
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| 出身校 |
青山学院大学経済学部中退[1] 北海道釧路湖陵高等学校[2] |
| 所属政党 |
(自由民主党→) 無所属 |
| 称号 |
従四位 旭日中綬章 |
| 当選回数 | 4回 |
| 在任期間 | 2008年11月2日 - 2024年11月1日 |
| 選挙区 | 釧路市選挙区 |
| 当選回数 | 3回 |
| 在任期間 | 1999年4月30日 - 2008年 |
| 当選回数 | 2回 |
| 在任期間 | 1993年 - 1999年 |
蝦名 大也(えびな ひろや、1959年(昭和34年)1月4日 - 2026年(令和8年)1月7日)は、日本の政治家。北海道釧路市長(4期)、北海道議会議員、釧路市議会議員を歴任した。
北海道釧路市出身[1]。北海道釧路湖陵高等学校卒業[2]。青山学院大学在学中から衆議院議員中川一郎の議員会館事務所に来てアルバイトをし、その後秘書となる[3]。1983年、青山学院大学経済学部を中退する[1]。その後中川の筆頭秘書であった鈴木宗男釧路事務所長となる。自民党所属の釧路市議会議員を2期務めた。
1999年(平成11年)、北海道議会議員選挙に釧路市選挙区(定数4)から無所属・自民党推薦で立候補。無所属新人の小畑保則を219票の僅差でかわし初当選した[4]。道議を3期務めた[1]。
2008年(平成20年)10月2日、伊東良孝釧路市長が第45回衆議院議員総選挙に立候補するため市長を辞職。これに伴い11月2日に行われた釧路市長選挙に、自民党出身ながら民主党・新党大地の支援も受けて「市民党」を標榜して立候補し、初当選した(自民党釧路市支部は、当時市議を務めていた上田徳郎と共に、市長選では異例の二名同時推薦という機関決定で支持表明をしている)。
2012年(平成24年)10月21日、中家治子(市民団体役員・元横浜市議、日本共産党推薦)8,408票、八村弘昭(浄土真宗本願寺派弘宣寺副住職、無所属)1,393票に対し、40,977票を得るという圧倒的大差で再選された(投票率34.45%)。
2016年(平成28年)10月23日の市長選で元市議の石川明美を破り3選。
2020年(令和2年)10月18日の市長選で29,956票と対立候補票に対して1,859票差で4選。対立候補は市議の鶴間秀典(23,658票)、元市議の松永俊雄(8,157票)[5]。
2024年(令和6年)10月27日の市長選で21,081票を獲得するも、前回に続いて立候補した鶴間秀典(元道議、27,103票)に敗れ、落選した[6][7]。他の対立候補には笠井龍司(元道議、25,702票)[8]がいる。
市長退任後は釧路短期大学を運営する学校法人緑ケ岡学園の理事長を務めた。
2026年1月7日夜、会合を終えて帰宅した後に、釧路市内の自宅で倒れ病院に搬送されたが、同日、急性心臓死のため死去した[9][10]。67歳没。死没日付をもって従四位に叙され、旭日中綬章を追贈された[11]。