Wikiwand AI

蟹沢古墳 (中野市)

From Wikipedia, the free encyclopedia

蟹沢古墳(かにさわこふん、桜沢3号墳)は、長野県中野市大熊・桜沢にある古墳。形状は前方後方墳(または前方後円墳)。中野市指定史跡に指定されている。

別名 桜沢3号墳
所在地 長野県中野市大熊・桜沢
位置 北緯36度42分34.52秒 東経138度21分14.27秒
概要 蟹沢古墳, 別名 ...
蟹沢古墳
別名 桜沢3号墳
所在地 長野県中野市大熊・桜沢
位置 北緯36度42分34.52秒 東経138度21分14.27秒
形状 前方後方墳前方後円墳?)
規模 墳丘長45m
高さ4.5m(後方部)
埋葬施設 不明
築造時期 4世紀
史跡 中野市指定史跡「蟹沢古墳」
地図
テンプレートを表示
閉じる

概要

さらに見る 古墳名, 墳丘 ...
中野市域の前半期首長墳
古墳名 墳丘 時期 史跡指定 備考
蟹沢古墳前方後方墳45m4c代市史跡
高遠山古墳前方後円墳55m4c前半県史跡森将軍塚古墳の1/2相似形
七瀬双子塚古墳前方後円墳61m5c前半県史跡土口将軍塚古墳と同形同大
閉じる

長野県北部、延徳低湿地に南東から延びる尾根の鞍部(標高差約120メートル)に築造された古墳である。発掘調査は実施されていない。

墳形は前方後方形で、前方部を南南東方向に向ける(ただし近年では前方後円墳とする説も挙げられる[1])。墳丘外表における葺石埴輪の有無は明らかでない。また未調査のため、埋葬施設や副葬品も明らかでない[2]

築造時期は、古墳時代前期の4世紀代と推定される[2][3]。中野市内では4世紀前半頃の古墳として高遠山古墳が知られるが、蟹沢古墳が未調査のため前後関係は明らかとしない[2]。前方後方墳は長野県内では数少なく、特に東日本では各地の最古段階に前方後方墳が多いことから、古墳時代社会の成立過程を考察するうえで注目される[2][3]。なお、桜沢台地では弥生後期以来の遺跡の分布が知られる。また中野市内では、安源寺城跡で前方後方形の原形の周溝墓が、安源寺遺跡で前方後方形周溝墓が確認されるほか、両遺跡や市内の同時代遺跡では東海系土器が出土しており、東海地方との交流が示唆される[4]

古墳域は1979年昭和54年)に中野市指定史跡に指定されている。なお、尾根上方には円墳3基があり、そのうち桜沢4号墳は1984年(昭和59年)に発掘調査が実施されている。

遺跡歴

  • 1979年昭和54年)
    • 松沢芳宏らによって発見[2]
    • 10月23日、中野市指定史跡に指定。

墳丘

墳丘の規模は次の通り[2][3]

  • 墳丘長:約45メートル
  • 後方部
    • 一辺:約25メートル
    • 高さ:約4.5メートル
  • 前方部
    • 長さ:約20メートル
    • 幅:約10メートル
    • 高さ:約1メートル

ただし、墳丘計測値は基底部の取り方によって相違がみられる[3]

文化財

中野市指定文化財

  • 史跡
    • 蟹沢古墳 - 1979年(昭和54年)10月23日指定。

関連施設

脚注

参考文献

関連文献

外部リンク

Related Articles