西城慶子
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1938年(昭和13年)1月3日茨城県下妻市に生まれる。下館第二高等学校時代は徒手選手で「大学にはいって体操の選手になるつもり」だったが、家族の希望で文化服装学院に入学。たまたま当時流行のロカビリーを聴いて、舞台に立ちたくなり、東京声専音楽学院に移った[1]。
1958年(昭和32年) 20歳の時、在学中より歌手活動スタートする。
1961年(昭和36年) 赤坂にあったクラブ「ニュー・ラテン・クォーター」専属歌手となる。初ステージより6日目にナット・キング・コール夫妻が来店した。そこでナットに素質を認められ本格的にデビューに至る。
1962年(昭和37年)より3年間、TBSラジオ「ランプシェイド・ミュージック」にレギュラー出演。
1964年(昭和39年)中村八大の推薦によりNHK「夢であいましょう」に出演。
以後、国内はもとより海外でのステージも多数こなす。
1968年 カーステレオの女王に選ばれ~1977年までに大手レコード会社よりLPを10数枚発売
この期間に、歌手を一度引退するも、岡崎と離婚後には再び歌手として復帰する。
1985年 総理官邸パーティーにジャズ界を代表して招待される
その後もディナーショーやチャリティーコンサートに出演するなどして、現在も歌手活動を継続中
ディスコグラフィー
- アルバム[3]
- 『キス・ミー・ケイコ』
- 『バラード』
- 『慶子の気も知らないで』