西明寺 (豊川市)
From Wikipedia, the free encyclopedia
位置
北緯34度50分41.5秒 東経137度19分41.8秒 / 北緯34.844861度 東経137.328278度座標: 北緯34度50分41.5秒 東経137度19分41.8秒 / 北緯34.844861度 東経137.328278度
山号
大寶山
宗旨
曹洞宗
| 西明寺 | |
|---|---|
|
本堂 | |
| 所在地 | 愛知県豊川市八幡町寺前7 |
| 位置 | 北緯34度50分41.5秒 東経137度19分41.8秒 / 北緯34.844861度 東経137.328278度座標: 北緯34度50分41.5秒 東経137度19分41.8秒 / 北緯34.844861度 東経137.328278度 |
| 山号 | 大寶山 |
| 宗旨 | 曹洞宗 |
| 本尊 | 阿弥陀如来 |
| 文化財 |
木造阿弥陀如来坐像 西明寺文書 芭蕉句碑 西明寺のモッコク |
| 公式サイト | 大寶山 西明寺 |
| 法人番号 | 7180305003698 |
平安時代、三河守大江定基が愛妾力寿姫の死を悲しみ、庵を営み六光寺と名づけ、冥福を祈ったのが始まりとされる。付近には六光寺の地名が今も残る。当初は天台宗寺院だったようである。
鎌倉時代に入り、北条時頼が出家して最明寺入道と名乗り、この地を訪れた際に、最明寺と改称、禅宗寺院となった。
戦国時代の永禄5年(1562年)、徳川家康が八幡砦における今川氏との戦いの際、当寺に立寄り、空腹をしのいだ恩雇を深く感じ、本尊阿弥陀如来の西方浄土に因んで最の一字を西と改め、西明寺となった。
昭和5年(1930年)には、ベルツ博士の供養塔が花夫人によって建立された。これは博士が生前厚く仏法を信仰し、また当寺が花夫人の先祖の菩提寺であったことによる。

