1938年(昭和13年)に建設された竹富島で最初の近代的桟橋で、延長105.3m、幅員4.38m[1]。石灰岩を乱積して、両側面をコンクリート壁としている。先端部分は、干潮時にも使用できるように幅の広い斜路上に形成されている。
竹富島には農耕地が少なかったため、復帰前の1972年までは、西表島に水田を作り、耕作のために「イタフニ」と呼ばれる松をくり抜いた船や帆船で長時間かけ通っていた。その間は西表島に隣接する風土病のない由布島に田小屋を造設し、寝泊まりをした。西桟橋はそのための港として整備されたものである。行政の支援がほとんどなかったため、住民の労力供出によって建設されたと伝えられる。近年では漁のための船着き場として利用されていた。[2][3]。
1971年頃まで使用されていたが[1]、現在は桟橋としては使用されておらず、現在では夕陽を眺望する名所として観光名所になっている[2][3]。