西田辺町
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歴史
1663年(寛文3年)に開墾され、猿山新田と呼ばれた[6][7][8][9]。1925年(大正14年)に猿山から西田辺町となった。
1938年(昭和13年)に阪和電気鉄道(現在の西日本旅客鉄道 阪和線)の阪和鶴ケ丘停留場(現在の鶴ケ丘駅)が開業、1952年(昭和27年)に地下鉄1号線(現在のOsaka Metro御堂筋線)が開業した。
沿革
本節では大阪市住吉区(のち阿倍野区)西田辺町から分割された東住吉区西田辺町についても記述する。
西田辺町(住吉区のち阿倍野区)
1925年(大正14年)、東成郡田辺町猿山が改称して成立。初め、大阪市住吉区、1943年(昭和18年)より阿倍野区。1954年(昭和29年)より、1 - 2丁目がある。 一部が1929年(昭和4年)、田辺本町5 - 8丁目、駒川町4 - 8丁目、田辺東ノ町3 - 8丁目、昭和町東1 - 4丁目、昭和町中1 - 5丁目、昭和町西1 - 5丁目、1934年(昭和9年)、山坂町1 - 2丁目、山坂西ノ町1 - 3丁目となる。1943年(昭和18年)、一部が東住吉区西田辺町となる。1951年(昭和26年)、一部が文の里1 - 4丁目になる。1954年(昭和29年)、西長居町、南田辺町、山坂町5丁目、昭和町西1 - 5丁目の各一部を編入。1966年(昭和41年)、一部が長池町となる[10]。
西田辺町(東住吉区)
1943年(昭和18年)、住吉区西田辺町の一部より成立。1951年(昭和26年)、一部が大塚町、田辺本町1 - 8丁目、田辺東ノ町1 - 8丁目、田辺西ノ町1 - 8丁目、駒川町1 - 8丁目となり、残余は1980年(昭和55年)、山坂2 - 5丁目となる[10]。
世帯数と人口
2024年(令和6年)9月30日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]。
| 丁目 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 西田辺町一丁目 | 825世帯 | 1,451人 |
| 西田辺町二丁目 | 1,019世帯 | 1,644人 |
| 計 | 1,844世帯 | 3,095人 |
人口の変遷
国勢調査による人口の推移。
| 1995年(平成7年) | 3,012人 | [11] | |
| 2000年(平成12年) | 3,086人 | [12] | |
| 2005年(平成17年) | 3,563人 | [13] | |
| 2010年(平成22年) | 3,189人 | [14] | |
| 2015年(平成27年) | 3,152人 | [15] | |
| 2020年(令和2年) | 3,048人 | [16] |
世帯数の変遷
国勢調査による世帯数の推移。
| 1995年(平成7年) | 1,517世帯 | [11] | |
| 2000年(平成12年) | 1,660世帯 | [12] | |
| 2005年(平成17年) | 1,919世帯 | [13] | |
| 2010年(平成22年) | 1,723世帯 | [14] | |
| 2015年(平成27年) | 1,791世帯 | [15] | |
| 2020年(令和2年) | 1,731世帯 | [16] |
学区
事業所
交通
鉄道
バス
2020年4月現在