親子婚
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親子婚(おやここん)は、親子同士による結婚のこと。日本では、「親子婚」と書いて「おやこたわけ」と読む場合もある。「おやこたわけ」という言葉は、単なる「親子同士の結婚」という意味に加え、罪として忌み嫌われた親子間の性行為という意味で用いられる用語である[1]。
多くの社会では許可されていないが、世界には伝統的に許容していた文化もある。山内昶曰く、母と息子の結婚はアメリカ州のインディオではカリブ族やティンネ族など、ジャワではカラング族、アフリカではムブティ族やバニョロ族で可能とされていた[2]。同じく山内昶曰く、父と娘の結婚はビルマではカレン族、アフリカではアザンデ族、オセアニアにおいてはソロモン諸島やマーシャル諸島などで可能とされていた[3]。また、山内昶は母と息子の結婚を許可する文化と父と娘の結婚を許可する文化の両方が存在した例として、セレベスのミナハサ族を挙げている[2]。
古代エジプトのファラオの中には父娘婚を行っている者もいたとされ、ファラオのラムセス2世はビントアナトとメリトアメンとネベトタウイの3人の娘を自身の妻としている[4]。また、クレオパトラ3世は息子であるプトレマイオス10世と結婚したが、結局はその息子によって殺害されたという説もある[5]。しかし兄弟姉妹での婚姻と比較すると極めて少なく、あくまでも亡くなった母王妃の代理人を務めるための儀礼的な結婚だったと考えられている。また、父子婚で産まれたとされる子どもに至ってはラムセス2世とビントアナトとの間に産まれたとされる王女の一例のみで、それも死別した別の夫との子である可能性がある。パルティアでも母ムサと国王である息子フラーテス5世が結婚したという話がある。
イスラームの聖典クルアーンにおいては、過去に行ってしまった例については追求しないとしているが、まず不埒な行為であるとして父親の妻と結婚することを数ある近親婚の中でも最初に禁婚の例に挙げ、それに続ける形で様々な親族関係の者との結婚を禁止し、その中には実母や実娘、妻の母や息子の妻や乳母や、性交渉を持った妻との関係における継娘との結婚が含まれている[6]。
日本の現在の民法では親子婚を近親婚の制限により許可していないが、傍系親族の場合と違って親子は義理の関係でも結婚を不可としている。だが、かつて日本では父親の妻と結婚することが可能であった時代もあり、この婚姻形式を後母婚(こうぼこん)と呼ぶ。欠史八代時代で史実性には疑問もあるが、開化天皇と後母伊香色謎命の結婚を歴史書に載せていたりする。