谷川史郎

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生誕 (1954-09-15) 1954年9月15日(70歳)
学歴 武蔵野音楽学院
ジャンル ブルースカントリー・ロックサザン・ロック70年代プログレ、ブリティッシュ・ハード/ポップ
谷川 史郎
生誕 (1954-09-15) 1954年9月15日(70歳)
出身地 日本の旗 日本 東京都武蔵野市
学歴 武蔵野音楽学院
ジャンル ブルースカントリー・ロックサザン・ロック70年代プログレ、ブリティッシュ・ハード/ポップ
職業 ミュージシャン
ギタリスト
インストラクター
プロデューサー
音楽ライター
担当楽器 ギター
活動期間 1971年 -
公式サイト SHIRO TANIGAWA オフィシャルサイト

谷川 史郎(たにがわしろう、1954年 - )は、日本のギタリスト、音楽ライター、インストラクター。

生い立ち

1954年9月15日、東京都で生まれる。ジャズや洋楽ポップスなど音楽好きだった両親の元、幼少期より音楽が溢れる家庭環境で育ち、画家だった父の影響もあり絵を描くのも好きな少年だった。1960年代に起こったエレキ・ギター・ブームに触発され、中学2年(14歳)の時に入手したアコースティック・ギターでギター人生をスタート。当時のエレキ・ヒーローであったザ・ベンチャーズはもちろんローリング・ストーンズなどの影響によってすぐに、アリアのモズライト・コピーを購入。ザ・ベンチャーズ、モンキーズ、ローリング・ストーンズ、レッド・ツェッペリンなど1960年代から1970年代ロック・シーンをリアル・タイムで通過し、高校時代にはジョン・メイオールCCRテン・イヤーズ・アフターなど今や伝説となった多くのバンドのステージを体験するが、中でもフリー、レッド・ツェッペリンのステージは、現在のギター・サウンド、スタイルに強く影響を与えている。

プロへのきっかけ

東京の多摩地区に住んでいたこともあり17歳の時に米軍横田基地のバンド「ママ・シェイズ」に参加、スコットランド出身のドラム、米兵のベース、ボーカルという混成バンドとして横田、立川、岩国など基地内のクラブを中心に活動、プロ活動へのきっかけとなる。当時はベトナム戦争最中ということもあり(LOVE&PEACE)ドラッグ・カルチャーを実体験しながら高校卒業後、自己のバンド「スーパー・オレンジ・サンシャイン」を結成。結成当初は、米軍クラブやディスコなどからスタートし、その後はオリジナル中心に活動。当時としてはまだ珍しかったメロトロンシンセサイザーを使用していたこともありプログレ・バンドと呼ばれていた。バンドと平行し仕事としてディスコ、キャバレーなどで演奏する「箱バン」生活を送っていたが、理論などを学ぶため21歳の時に武蔵野音楽学院に入学。

ローランドとの契約

オレンジ・サンシャイン解散後、高校時代からの友人でもあり地元バンドとして人気のあった「バレリーナ」に参加。また1977年、23歳の時、ローランドが開発した当時世界初として注目を浴びていたGR-500ギター・シンセサイザーの初代デモンストレーターとして契約し、ゴダイゴやバレリーナとともにTV出演や日本各地でデモ演奏とライブを行っている。このキャリアをきっかけにギター、エフェクターなどの開発アドバイザー、サウンド・プロデュースなどを手掛けるようになる。バレリーナ解散後は演奏活動と平行し、武蔵野音楽学院のロック・ギター科講師として就任。

影響を受けたギタリスト

ノーキー・エドワーズエリック・クラプトンジミー・ペイジレスリー・ウエストデュアン・オールマンジョニー・ウィンターなどのブルースロカビリーカントリー系ギタリストなどがいるが、中でも特に影響を受けたのはポール・コゾフデヴィッド・ギルモアジミ・ヘンドリクス。好きなギタリストは、アルヴィン・リーフランク・マリノパット・トラヴァーススティーヴ・ヒレッジクレム・クレムソンロリー・ギャラガーアルバート・リービリー・ギボンズT-ボーン・ウォーカージェリー・マギー、染谷あつし。

活動

著作、出版歴

外部リンク

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