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豊岡豊

日本のジャズミュージシャン (1930-2012) From Wikipedia, the free encyclopedia

豊岡 豊(とよおか ゆたか、1930年5月29日 - 2012年11月30日)は、日本のジャズミュージシャン、ビッグバンド豊岡豊とスイング・フェイスの指揮者・バンドマスターである。

死没 (2012-11-30) 2012年11月30日(82歳没)
事務所 ジョイナスエンターテインメント
概要 豊岡豊, 生誕 ...
豊岡豊
生誕 1930年5月29日
出身地 日本の旗 日本・北海道登別市登別温泉
死没 (2012-11-30) 2012年11月30日(82歳没)
事務所 ジョイナスエンターテインメント
メンバー 豊岡豊とスイング・フェイス
旧メンバー 東京キューバンボーイズ
豊岡豊とジョークエリントン
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所属はジョイナスエンターテインメントであった[1]。

人物

北海道登別市登別温泉出身。

15歳で終戦を迎え、故郷・登別温泉町の「登別グランドホテル」が米軍に接収され、豊岡はラジオ(FEN)で初めてジャズに接し、やがてダンスホールに入り浸る毎日を送るようになった[2]。

旧制中学校卒業後に音楽界に入り、ドラマーとして演奏家の活動を開始。1年後に東京へ行き自らのジャズバンドを結成し、在日米軍キャンプ慰問や東京都内のクラブなどでの演奏活動を展開。

1963年、東京キューバンボーイズの見砂直照にスカウトされ、同バンドに入団してドラマーとして活躍。

その後、自らがリーダーを展開するジャズオーケストラ「豊岡豊とジョークエリントン」(のちに「豊岡豊とスウィング・フェイス」)を結成し、NET(現テレビ朝日)の『23時ショー』でゲスト歌手の生演奏担当でレギュラー出演した。また同じNETの『ビッグスペシャル』にもレギュラー出演し、赤いスーツ姿が多かった所から、番組レギュラーのザ・ドリフターズを初めとする出演者に「赤トンガラシ」のニックネームを付けられた。

その後も『NHK紅白歌合戦』や『日本歌謡大賞』を始め、数多くの歌番組に出演し演奏を手掛けるほか、ドラム、パーカッションの演奏家としても活動し、自らのユニットでのコンサートで人気を集めていた。

1970年代から1990年代にかけての歌謡番組では豊岡豊とスイング・フェイスの指揮・演奏者としてテレビ朝日系列やテレビ東京系列での出演が多かった。

『ザ・ドリフターズの極楽はどこだ!!』『ザ・ドリフターズのカモだ!!御用だ!!』等ドリフ映画にも出演。芸達者なところも見せた。

ザ・ドリフターズから荒井注が脱退した際にいかりや長介が新メンバーとして豊岡を加入させようとしていたが志村けんが加入することになる[3][4][5]。

趣味はゴルフ[6]。

2012年11月30日、肺癌により死去[7]。82歳没。

出演

演奏担当(スイング・フェイス)

他

ソロとしての出演

脚注

外部リンク

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