『下新川郡志稿』によると、明治以前は西草野村住民14名の共同事業として、毎年4月から10月までは渡船を行い、11月から翌年3月までは仮板橋を設置して往来の旅人より渡賃をとっていた。また、藩主往来の折は10数艘の漁船をもって舟橋を作っていた。この事業は上記の14名が独占するところとなり、加賀藩は手当を与えず、流失に際しては直ちに修復させるなど厳しく対処した、と旨記されている[2]。1890年(明治23年)3月[3]、長さ50間、幅員18尺の橋が県費によって架設された。後に1938年(昭和13年)に橋長86m、幅員6mの鉄筋コンクリート製の永久橋となった[2]。
現在の橋は、2015年(平成27年)3月25日に入善朝日線バイパス(700 m)開通に合わせて開通・供用開始したものである[1]。