赤星弥之助

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赤星 弥之助(あかぼし やのすけ、嘉永6年〈1853年〉 - 明治37年〈1904年12月19日)は、日本の実業家鹿児島県出身。同郷薩摩藩出身の樺山資紀西郷従道らと親交を持ち、アームストロング社との大砲取引を通じた特許権により巨万の富を築いた「軍艦成金[1]として知られる。明治初期の政商の一人であり、五代友厚とともに神戸港の築港事業に関わったほか、古美術収集家・茶人としても活動した[2][3]赤星鉄馬赤星四郎赤星六郎は子息。

鹿児島県(旧薩摩藩)に生まれ、磯長孫四郎の子として出自するが、のちに赤星家の養子となる[4]。明治10年代、五代友厚らとともに神戸港の桟橋建設事業に参画し、これを契機に実業界へ進出した[5]

やがて樺山資紀西郷従道ら薩摩閥の人脈を活かし、海軍の軍艦建造事業に関与。アームストロング砲で知られるイギリスのアームストロング社と特許契約を結び、軍艦に設置される大砲の据付法に関する特許権で莫大な利益を得た[4]。この成功によって「軍艦成金」と称されるに至る。

その後は東京に出て貸金業・貿易業を営み、巨財を築いた。晩年は美術品蒐集にも力を注ぎ、絵画・茶道具などの古美術コレクターとして知られる。茶の湯を嗜み、流派は裏千家で十三代円能斎に師事したという。明治37年(1904年12月19日に死去。青山霊園に葬られた。

海軍との関係

脚注

参考文献

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