赤田城

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城郭構造 山城
築城主 赤田氏?
築城年 室町時代?
主な城主 斎藤朝信
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赤田城
新潟県
城郭構造 山城
築城主 赤田氏?
築城年 室町時代?
主な城主 斎藤朝信
廃城年 1610年
遺構 堀切、土塁、郭跡
指定文化財 刈羽村指定史跡
埋蔵文化財
包蔵地番号
刈羽村No.07[1]
位置 北緯37度24分45.8秒 東経138度39分15.2秒 / 北緯37.412722度 東経138.654222度 / 37.412722; 138.654222
地図
赤田城の位置(新潟県内)
赤田城
赤田城
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赤田城(あかたじょう)は、新潟県刈羽郡刈羽村大字赤田地域にあった戦国時代日本の城山城)。上杉氏の奉行人を務め、代々「下野守」を踏襲した越後斎藤氏の居城である[2]。刈羽村指定史跡に指定されている[3]

越後斎藤氏以前は赤田氏の居城であったが、斎藤氏が赤田氏第2代の赤田源太告らを滅ぼし斎藤氏の城となった[4]上杉謙信死後の御館の乱斎藤朝信上杉景勝方に付いたことから、この城は与板城などと共に、景勝方にとっての北条城攻めなどの重要な拠点となった[4]

標高169メートルに有る山頂の主郭には斎藤下野守朝信城跡の碑が建てられており、その場所は一段高くなっていることから、かつてはが建てられていたと想定されている[4]。主郭の北側に大堀切を挟んで赤田古城と呼ばれる一帯があり、地元では赤田氏時代の城と語られているが、縄張りや構造などから見て、赤田城と同じく戦国時代の城跡で、赤田城の北側の守備を担う郭群として一帯となって機能していたと考えられている[2][4]

城山山頂までの約2キロメートルほどが遊歩道として整備されている[5]

所在地

新潟県刈羽郡刈羽村大字赤田北方・赤田町方地先[5]

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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