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赤羽別院親宣寺

愛知県西尾市にある寺院 From Wikipedia, the free encyclopedia

赤羽別院親宣寺(あかばねべついんしんせんじ)は、愛知県西尾市一色町赤羽にある真宗大谷派の寺院である。同派の別院。真宗本廟(東本願寺)を本山と仰ぐ。本尊は阿弥陀如来。山号は本目山(ほんもくざん)。別名は赤羽御坊(あかばねごぼう)で、地元では御坊さん(ごぼさん)と呼ばれる。

所在地 愛知県西尾市一色町赤羽上郷中14
位置 北緯34度49分15.5秒 東経137度1分8.3秒
山号 本目山
概要 赤羽別院親宣寺, 所在地 ...
赤羽別院親宣寺
所在地 愛知県西尾市一色町赤羽上郷中14
位置 北緯34度49分15.5秒 東経137度1分8.3秒
山号 本目山
宗旨 浄土真宗
宗派 真宗大谷派
寺格 別院
本尊 阿弥陀如来
創建年 元禄14年(1701年)
開基 本目勝左衛門親宣
別称 赤羽御坊、御坊さん(ごぼさん)
公式サイト 赤羽別院
法人番号 1180305006731 ウィキデータを編集
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沿革

室町時代の15世紀中頃、赤羽根城隣接地に本願寺第八代蓮如によって念仏道場が開かれた[1]。約250年の後、蓮如開創の道場は跡地を遺すのみであったが、額田郡上六名村(現愛知県岡崎市)出身の江戸公方御家人本目勝左衛門親宣が、この道場を再興し、両親と自身の菩提寺としたのが、赤羽別院の起源である[1]。

元禄13年(1700年)、親宣に対して西尾藩主 土井利忠(利意か)より、赤羽根城跡地を含む念仏道場跡地2950坪が与えられ、一宇が建立される[1]。翌元禄14年(1701年)には、東本願寺第17代真如より、本山直末として「本目山親宣寺」の山号および寺号と絵像本尊(裏被染御自筆)を授与された[1]。明和3年(1766年)に親鸞御影、天明2年(1782年)には太子・七高僧御影をそれぞれ授与されている[1]。寛政10年(1798年)、東本願寺掛所(別院)となり、輪番が置かれる[1]。

文政5年(1822年)に庫裏、文政7年(1824年)には掛所に相応しい三河随一の巨大な本堂(間口14間、奥行13間)が再建された[1]。その後、江戸末期から大正時代にかけて講堂、対面所等二十余の諸殿が建立されている[1]。1887年(明治20年)には、特別に由緒があり寺号をもつ「別格別院」の指定を受けた[1]。この年、東本願寺第22代現如が三河巡化の折、当別院に宿泊している[1]。

1936年(昭和11年)、東本願寺第23代彰如が、先代現如の13回忌法要を当別院にて親修[1]。1938年(昭和13年)には、杉浦米吉の一寄進によって、三河随一の山門が建立された。隆盛を極めた赤羽別院であったが、1945年(昭和20年)1月13日の三河地震により、庫裡、講堂等二十余棟の諸殿が倒壊した[1]。14年後の1959年(昭和34年)9月には、伊勢湾台風によって本堂が倒壊した[1]。地震、台風によって甚大な被害を受けた赤羽別院であるが、1963年(昭和38年)、寄進により鐘楼と梵鐘を再興、1995年(平成7年)に「お御堂」(本堂)を建立、庫裡等を補修、改装し、落慶法要が厳修された[1]。

境内

交通アクセス

脚注

参考文献

外部リンク

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