一色町
日本の愛知県幡豆郡にあった町
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一色町(いっしきちょう)は、かつて愛知県幡豆郡にあった町。2011年(平成23年)4月1日に西尾市に編入された。現在の西尾市南西部に相当する。カーネーション生産やウナギ養殖で知られていた。
地理
歴史
行政
歴代町長
- 初代 - 徳倉広吉(1920年 - 1924年)
- 2代 - 都築嘉右衛門(1924年 - 1928年)
- 3代 - 太田賛平(1928年 - 1934年)
- 4代 - 杉浦逸蔵(1934年 - 1935年)
- 5代 - 徳倉充治(1935年 - 1936年)
- 6代 - 伊藤忠治郎(1936年 - 1940年)
- 7代 - 高須彦三郎(1940年 - 1941年)
- 8代 - 徳倉充治(1941年 - 1943年)
- 9代 - 伴芳雄(1943年 - 1947年)
- 10代 - 杉江平三郎(1947年 - 1951年)
- 11代 - 鈴木三之助(1951年 - 1959年)
- 12代 - 徳倉六兵衛(1959年 - 不明)
- 都築譲(2006年2月18日 - 2011年3月31日)
姉妹都市
経済


農業
大消費地名古屋市を背景にした近郊農業地域で、野菜や花卉の生産が中心。1960年(昭和35年)にはカーネーションの生産が開始された[2][3]。カーネーションの市町村別生産額は全国有数であり、2005年(平成17年)に市町村別統計が廃止されるまでは一色町が全国第1位だった[4]。
漁業
漁業はウナギ、カキ、ノリなどの養殖漁業を主とする。底引網漁も行われており、えびせんべいをはじめとする水産加工、漁網製造など、漁業関連工業も盛ん。
ウナギ養殖は1904年(明治37年)以来行われていたが、1959年(昭和34年)の伊勢湾台風で大被害を受けた際、海岸近くの田畑を養鰻池に転換して以降発展した。1983年(昭和58年)からは市町村別生産量日本一を続けていた[5]。年に6,000トン前後を生産し、2006年度には日本全体の約4分の1であった[5]。2007年(平成19年)11月には「一色産うなぎ」が地域団体商標登録された[5]。
教育

保育園
- 一色町立一色保育園
- 一色町立東部保育園
- 一色町立中部保育園
- 一色町立西部保育園
- 一色町立南部保育園
- 一色町立佐久島保育園
幼稚園
- はずみやこ幼稚園(学校法人青山学園)
小学校
中学校
高等学校
施設
交通
鉄道
バス
町内を通るバスは一色町公民館を拠点に運行されている。
- ふれんどバス
- 名鉄東部交通バス
- 西尾駅方面と結ぶ「一色線」があり、一色さかな広場・佐久島行船のりば〜一色町公民館〜一色大宝橋〜一色中町〜満国寺前を経て、西尾駅、西尾市民病院前に至る。自治体が運行補助金を拠出し路線を維持している。名鉄三河線廃止前にもこの系統は運行されており、当時の終点は三河一色駅前だった。
- 一色町内を通るバス路線では唯一、トランパスが利用可能であった。manacaは利用できない。
- 一色地区コミュニティバス「いっちゃんバス」
- 町内各地を巡回している。西尾市に編入後の2017年10月1日に運行を開始した。
道路
- 愛知県道313号荻原一色線
- 愛知県道314号西尾一色線(1994年4月1日に愛知県道12号の一部に組み込まれる)
- 愛知県道476号一色港線
船舶
娯楽
名所・旧跡・観光スポット
祭事・催事

- 三河一色大提灯まつり - 三河一色諏訪神社の祭礼。愛知県有形民俗文化財。
- YOMISE ウキウキ通り - 毎年7月の最終土曜日に行われる商店街のお祭り。
出身者

- 小栗重吉(1785年 - 1853年) - 江戸時代の船頭。長期の漂流体験をした。
- 関信三(1843年 - 1880年) - 教育者。日本初の幼稚園を創る。
- 神谷傳兵衛(1856年 - 1921年) - 実業家。東京・浅草の神谷バー、茨城県牛久市のシャトーカミヤの創立者。三河鉄道社長。
- 愛知山春雄(1922年 - 1986年) - 大相撲力士。本名は高橋春長。
- 稲垣実男(1928年 - 2009年) - 衆議院議員。北海道・沖縄開発庁長官。
- 宗田理(1928年 - ) - 小説家。『ぼくらの七日間戦争』など。
- 若二瀬唯之(1942年 - 1997年) - 大相撲力士。朝日山親方。本名は戸嶋忠輝。
- 高須克弥(1945年 - ) - 医学博士。高須クリニック院長。
- 佐々木悠太 (ラジオパーソナリティ) - ラジオパーソナリティ、イベント司会者、歌手。
- 石堂克利(1980年 - ) - プロ野球選手。
- 都築恵理 - 歌手。
- Viki - シンガーソングライター。

