趙憲 From Wikipedia, the free encyclopedia 生誕 1544年死没 1592年職業 文臣儒学者ちょう けん 趙憲生誕 1544年死没 1592年職業 文臣儒学者テンプレートを表示 趙 憲各種表記ハングル: 조헌漢字: 趙憲発音: {{{nihonngo-yomi}}}テンプレートを表示 趙憲(ちょう けん、朝鮮語: 조헌, 1544年 - 1592年)は、李氏朝鮮の官僚および義兵指揮官である[1][2]。豊臣秀吉政権下の日本が朝鮮の安全保障上の脅威となると考えていたが、その警告は受け入れられなかった。1592年に戦争が勃発すると、彼は日本軍に抵抗するため義兵を組織した。同年の第二次錦山の戦いにおいて戦死した[3]。 趙は両班であり、儒学者の宋渾(Song Hon)によって教育を受けた。科挙に合格した後、沃川(オクチョン)へ移住した[4]。彼は朝鮮朝廷における西人派の一員であった。 また、彼は通信使の日本派遣に反対した。これは、日本の執政である豊臣秀吉を簒奪者とみなし、日本が近く朝鮮を攻撃する可能性があると考えていたためである[5]。さらに彼は日本に対する先制攻撃を主張したが、この提案は受け入れられなかった[1]。 戦争の勃発 1592年、豊臣秀吉が朝鮮に侵攻すると、日本軍は南部諸道を急速に制圧し、漢城を占領した。趙憲は日本軍に対抗するため義兵を組織した。8月には、別の義兵指導者である高敬命から共同して漢城を奪還する提案を受け、これに同意した。彼は当時の駐屯地であった忠清道を離れ、漢城攻撃の準備を進めた。しかし高敬命は、日本軍が自らの故郷を侵攻しようとしていることを知ると計画を変更し、錦山を攻撃したが、その戦闘で戦死した[1]。 清州の戦い →詳細は「清州の戦い」を参照 趙憲は日本軍に対して効果的に抵抗し、ゲリラ戦術を用いて継続的に攻撃を加えた[6][7]。 彼は日本軍が占領していた清州を攻撃することを決定した。僧兵指揮官である霊圭と合流し、1592年8月10日に攻撃を開始した[1]。清州は蜂須賀家政が率いる小規模な日本軍によって防衛されていた。趙憲の部隊は西門の外に布陣した。彼らは日本軍の前衛部隊を撃退し城壁に接近したが、激しい雨のため撤退した[8]。 義兵は自陣周辺に火を灯し旗を掲げることで、兵力がはるかに多いように見せかけた[1]。日本軍は清州の防衛準備が整っておらず、その日のうちに撤退した[8]。戦後、忠清道観察使の尹銑覺は趙憲の義兵を適切に評価しない公式報告を提出した。これにより官軍と義兵・僧兵との間の不信が生じた[9]。 第2次錦山の戦いと戦死 →詳細は「錦山の戦い § 第2次錦山の戦い」を参照 朝鮮軍は、高敬命が戦死した錦山を攻撃するために進軍した。全羅道の官軍は参戦の意向を表明した。趙憲は、尹銑覺の報告における自身の扱いに不満を抱き、他の朝鮮軍より先に自らの義兵のみで錦山を攻撃することを宣言した。彼は1592年8月17日に錦山に到着した[9]。 錦山は小早川隆景によって防衛されていた。彼は朝鮮軍が少数であることを知ると、城内での防御ではなく攻撃を選択した。夜間に一部の兵を出撃させて趙憲の部隊を包囲させた後、城門を開いて主力部隊とともに突撃した。趙憲およびその義兵は全員戦死した。その遺体は後に「七百義塚」と呼ばれる塚に埋葬された[9]。 さらに霊圭と僧兵も錦山を攻撃したが、霊圭および全ての僧兵が戦死した[1]。 脚注 1 2 3 4 5 6 Turnbull & Dennis 2012, pp. 91–92. ↑ Lee 2013, p. 526. ↑ Hawley 2005, p. 284. ↑ Masayuki 2015. ↑ Hawley 2005, p. 277. ↑ Masayuki 2015, pp. 151–152. ↑ Seth 2016, p. 156. 1 2 Hawley 2005, p. 282. 1 2 3 Hawley 2005, p. 283. Hawley, Samuel (2005). The Imjin War: Japan's sixteenth-century invasion of Korea and attempt to conquer China. Seoul, Berkeley: Royal Asiatic Society Korea Branch, Korea Branch Institute of East Asian Studies, University of California. ISBN 978-8995442425 Lee, Peter H., ed (August 13, 2013). Source book of Korean Civilization: From the Seventeenth Century to the Modern. 2. New York: Columbia University Press. p. 526. ISBN 9780231515306. https://books.google.com/books?id=N66XyMJ_sNsC&pg=PA526 2017年2月2日閲覧。 Masayuki, Nukii (January 2, 2015). Lewis, James B.. ed. The East Asian War, 1592–1598: International Relations, Violence and Memory. Routledge Taylor & Francis Group. ISBN 978-1138786639 Seth, Michael J. (March 2016). A Concise History of Premodern Korea: From Antiquity through the Nineteenth Century (Hardback) (Revised ed.). Rowman & Littlefield. pp. 156. ISBN 978-1-4422-6043-6. https://books.google.com/books?id=v_GeCwAAQBAJ&pg=PA156 2017年1月26日閲覧。 Turnbull, Stephen; Dennis, Peter, Illustrator (November 20, 2012) (EPUB eBook). Samurai Invasion. Japan's Korean War 1592–98 (1st Printing, Imprint ed.). London: Cassell & Co, Bloomsbury Publishing, Osprey Publishing. pp. 91–92. ISBN 978-0-304-35948-6. https://books.google.com/books?id=RsXvCwAAQBAJ&pg=PT91 典拠管理データベース 全般ISNIVIAFFASTWorldCat国立図書館ドイツアメリカ韓国その他IdRef Related Articles