辰吉寿以輝
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寿以輝が1歳だった1997年11月22日、大阪府立体育会館のリングで父・丈一郎がシリモンコン・ナコントンパークビューにKO勝ちし、WBC世界バンタム級王座を奪取した後に、寿以輝はリング上に上げられ、父に抱き抱えられた場面があり、自身は「少しだけ記憶にある」という[2]。その寿以輝はボクシングを始めたのは幼稚園の時であるが、その当時は「兄がボクシングをしていたから」という理由であり、父親の影響ではなかったことを語っている[1]。
守口市立第二中学校卒業後にプロボクサーになるための準備をし、大阪帝拳に入門、一時は85kgもあった体重を20kg以上の減量をして体を作った[1]。2014年9月にプロテスト受験の意思を父・丈一郎に申し出、父からは「好きにしたらいい」と了承を得た[3]。同年11月24日にプロテストを受験して一発合格を果たした[4]。
2015年4月16日、大阪府立体育会館にて山中慎介対ディエゴ・サンティリャンの前座で、岩谷忠男(神拳阪神)を相手にプロデビュー戦兼スーパーバンタム級4回戦を行い、2回2分45秒でKO勝ちして鮮やかにデビューを果たした[5]。その後も4連勝し、2016年10月1日に東京・後楽園ホールに初お目見えを果たし、スーパーバンタム級6回戦でモンキー修平(大星ボクシングジム)と対戦、初回にダウンを取られたが挽回し、5回1分29秒でTKO勝ちしてデビュー6連勝を飾ると共に8回戦へ進級した[6]。
2016年12月24日、結婚[7]。
2019年7月26日、大阪府立体育会館第2競技場で藤岡拓哉(VADY)と対戦し、8回3-0(77-75、78-75、79-74)で判定勝ちを収めた。
2019年12月17日、大阪府立体育会館第二競技場で初の日本ランカーとなる日本バンタム級5位・WBOアジア太平洋同級13位の中村誠康と対戦し、左ジャブで初回から中村の右目上を切り裂き、左フックでダウンを奪った。最後は出血でレフェリーストップ。4回2分30秒TKO勝ちを収め、勝利により上位ランク入りが確実となった。しかし、父の丈一郎は初回で仕留めきれなかった内容に「どんくさいなあ」と辛口評価し、寿以輝も「今日はパンチが乗っていた。早く倒そうと飛ばしすぎた」と反省した。大阪帝拳ジムの吉井寛会長は日本に限らず、東洋太平洋などあらゆる可能性を見据え「来年早々にもチャンスがあれば、年内には必ず(タイトル戦を行う)」と明言した[8]。
2020年11月6日、後楽園ホールで今村和寛と対戦するも、2回に偶然のバッティングにより負傷引き分けとなった[9]。この負傷の治療を行うため7日に帰阪して、12針縫ったという[10]。
2021年8月23日、9月11日に予定されていた矢野乃莉守とのプロ15戦目を怪我のため棄権したと所属ジムから発表された[11]。
2023年8月6日、2年9ヶ月ぶりの復帰戦として大阪府立労働センターで山原武人と対戦し、5回1分35秒TKO勝ちを収めた。
2024年1月23日、大阪府立体育会館第一競技場で日本バンタム級10位の与那覇勇気と対戦し、8回2-0(77-75×2、76-76)で判定勝ちを収めた。
2024年12月12日、後楽園ホールでOPBF東洋太平洋スーパーバンタム級王者の中嶋一輝とOPBF東洋太平洋同級タイトルマッチを行うも、2回2分13秒KO負けを喫した。
2026年2月15日◇大阪・住吉スポーツセンター
スーパーバンタム級ノンタイトル8回戦>
日本スーパーバンタム級10位辰吉寿以輝(29=大阪帝拳)は、節目のプロ20戦目を引き分けた。
ノーランカーの山内翔貴(26=本田フィットネス)と対戦した。