辰斎年秀 From Wikipedia, the free encyclopedia 辰斎年秀(しんさい としひで、安政6年〈1859年〉[1] – 没年不明)とは、明治時代の浮世絵師。 月岡芳年または中山年次の門人。『東洋絵画共進会出品目録』によれば第六区出品作「淡彩農業」と「淡彩虎」の作者として「雑派 号年秀」とあり、この年秀は本名平岡光太郎、横浜翁町に住み、同展開催の明治19年(1888年)には27歳だったという[2]。これが辰斎年秀と同一人とされている。作は明治27年(1894年)とその翌年に版行された日清戦争の錦絵が残る[3][4]。 作品 「日軍鳳凰城ヲ乗取図」 錦絵 ※明治27年[3] 「牛荘附近激戦之図」 大判錦絵3枚続 函館市中央図書館所蔵 ※明治28年、伊藤伊三郎版[4] 脚注 ↑ 『浮世絵人名辞典』には安政6年の生れとあるが、明治19年4月刊行の『東洋絵画共進会出品目録』には「二十七年七月」(27歳と7ヶ月)とあり、これによって逆算すれば万延元年(1860年)頃の生れとなる。 ↑ 滝川 1888, p. 77-78. 1 2 太田記念美術館 1990, pp. 75–81. 1 2 “「牛荘附近激戦之図」辰斎年英/画” (1895年1月). 2018年9月30日閲覧。 3枚続、36×24cm。請求記号:EE721.8シン、資料番号:1114234733。なお画面の右下に「辰齋年秀」と記してあることから、典拠で作者を「年英」としているのは誤植か。 参考文献 「国芳とその一門関係年譜」『歌川国芳とその一門展』歌川国芳(画)、太田記念美術館(編)、太田記念美術館、1990年、75-81頁。 NCID BN09628624。 桑原羊次郎『浮世絵師人名辞書』教文館、松江、1923年、27頁。doi:10.11501/1182551。全国書誌番号:3041603。 国立国会図書館デジタルコレクションに本文あり。37コマ目。 『浮世絵人名辞典』清水澄(編)(再版)、美術倶楽部鑑定部、1978年、[要ページ番号]頁。 NCID BN13719530。 初版:昭和29(1954)年10月刊。 『東洋絵画共進会出品目録』滝川守朗(編)、今古堂、東京、1888年4月、77-78頁。doi:10.11501/851260。全国書誌番号:40070591。 国立国会図書館デジタルコレクションに本文あり。42コマ目。 Related Articles