辰野勇

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生誕 (1947-07-31) 1947年7月31日(78歳)
大阪府堺市
国籍 日本の旗 日本
職業 モンベル会長
たつの いさむ

辰野 勇
生誕 (1947-07-31) 1947年7月31日(78歳)
大阪府堺市
国籍 日本の旗 日本
出身校 大阪府立和泉高等学校
職業 モンベル会長
著名な実績 アイガー北壁の登頂で世界最年少(1969年)
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辰野 勇(たつの いさむ、1947年昭和22年〉7月31日 - )は、日本の元登山家冒険家カヌーイスト。登山用品メーカーの株式会社モンベル(mont-bell)の創業者であり、現在は会長を務める[1]

大阪府堺市出身。大阪府立和泉高等学校卒業。奈良県奈良市高畑町在住[2]

1947年、大阪府堺市生まれ。中学時代に岩壁登攀を開始し、1967年には前穂高岳屏風岩を登頂。少年時代の頃より、ハインリッヒ・ハラーのアイガー北壁登攀記『白い蜘蛛』に感銘を受け、以来、青春期を山一筋に過ごすとともに、登山に関係したビジネスを興す夢を抱く[3][4]

高校卒業後住み込みでスポーツ用品店に勤めるが、社長にロッククライミングを反対されたため休職。1969年に中谷三次とともにアイガー北壁に挑み、当時の世界最年少での登頂に成功[4]、更に山頂から見えたマッターホルンの姿に次なる登攀欲をかき立てられてしまい、ここに来る途中に軽量化のために殆どの荷物を投棄していた(この際にカメラから抜いたフィルムから唯一現像できたのが「ヒンターシュトイサー・トラバースを渡る辰野」である)にもかかわらず下山したその足で直行してこちらの北壁も2人で完登、史上初めて同一シーズンにアルプス三大北壁を2つ完登する快挙を成し遂げてしまう[5]。1970年には日本初のクライミングスクールを開く。

モンベル創業前には大阪梅田の登山用具店「白馬堂」の営業社員を務めていたが、ある冬の登攀中のビバークで粗悪品の手袋をしていたことで凍傷になり、より高機能で安全性の高い装備の必要性を痛感。自ら開発することを決意し、1975年にモンベルの創業に至る。

この頃より、カヌーカヤックにも熱中し始め、第3回関西ワイルドウォーター大会での優勝の実績のほか、黒部川を源流部から河口までをカヤックで初下降したほか、グランドキャニオンユーコンコスタリカネパールなど、世界中の河川を下る。1991年には、日本初の身体障害者カヌー大会「パラマウント・チャレンジカヌー」を開催するなど、社会活動も行っている。

また、びわこ成蹊スポーツ大学客員教授や天理大学客員教授などを務めるほか、2011年の東日本大震災では「アウトドア義援隊」を組織し、アウトドア体験を活かした災害支援活動を自ら陣頭指揮を執り行った[3]

その他、「M.O.C.(モンベル・アウトドア・チャレンジ)」の校長、「大阪府カヌー協会」副会長などを務める。徳島県では、川の学校の講師を務める。

受賞歴

  • 1994年 - 関西ニュービジネス協議会・起業家大賞。
  • 1995年 - 日本ニュービジネス大賞通商産業大臣賞。
  • 1999年 - イタリア山岳会・2000年記念賞。
  • 2005年 - 第1回デザインエクセレントカンパニー賞。
  • 2015年 - 環境省「グッドライフアワード」。
  • 2016年 - 第36回毎日経済人賞、環境省「グッドライフアワード」。

以上[3]

番組出演

書籍

注釈・出典

外部リンク

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