大阪府立和泉高等学校
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| 大阪府立和泉髙等学校 | |
|---|---|
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北緯34度27分10.8秒 東経135度22分53.8秒 / 北緯34.453000度 東経135.381611度 | |
| 過去の名称 |
大阪府泉南郡立大阪府泉南高等女學校 大阪府立泉南高等女學校 大阪府立岸和田高等女學校 |
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 |
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| 学区 | 大阪府内全域 |
| 校訓 | |
| 設立年月日 | 1901年4月9日 |
| 創立記念日 | 6月3日 |
| 創立者 | 大阪府泉南郡 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 | 全日制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 |
普通科 グローバル科 |
| 学期 | 3学期制 |
| 学校コード | D127210000407 |
| 高校コード | 27182K |
| 所在地 |
〒596-0825 大阪府岸和田市土生町一丁目2番1号 |
| 外部リンク | 公式ウェブサイト |
大阪府立和泉高等学校(おおさかふりつ いずみこうとうがっこう、英: Osaka Prefectural Izumi High School)は、大阪府岸和田市土生町一丁目にある公立の全日制高等学校であり、複数学科併置校。略称および通称は
スクール・ミッション
大阪府の「教育一〇ヵ年計画」に基づき泉南郡が開設し、大阪府内で4校目、大阪市外で2校目の高等女学校であった大阪府泉南郡立大阪府泉南高等女学校を前身校とする。
学制改革に伴って新制高等学校に改組されて以来、全日制および定時制を並置する複数課程併置校であった。定時制の閉課程に伴い、2008年(平成20年)度より全日制普通科高校であったが、2013年度よりグローバル人材の育成を推進するグローバル科が併置されて、全日制の複数学科併置校となった。
また、2021年(令和3年)度よりLETS[注釈 1]として、LETS合同発表会及びインターナショナル・フェスティバルに参加している。
校訓「自主・自立」のもと、課題を発見・分析・解決する力と、自らの意見を堂々と言える力を持ち、得意技を身につけた、いかなる国際情勢の中でもたくましく生き抜く人物を育成する[1]。
校訓
スクール・ポリシー
グラデュエーション・ポリシー
- 地球的視野に立って地域社会や国際社会の発展に貢献しようとする高い志と、人権を尊重する豊かな心を持った人材を育成する。
- 様々な課題に立ち向かうことのできる発想力、創造力、発信力、実行力を育む。
- 多様な価値観を理解・受容し、他者と協働する力を育む。
- 学校行事や部活動等を通じて、リーダーシップをもつ生徒を育てる[2]。
カリキュラム・ポリシー
- 大学や海外の姉妹校等との連携により国際交流の充実を図り、地域社会との連携による異世代交流等を通じて、多様な価値観に触れ、人権を尊重する豊かな心を育てる。
- 実践的な英語運用能力と豊かなコミュニケーション能力を身につけることができるよう、質の高い英語教育を行うとともに、多様な文化を学ぶ機会を設ける。
- 生徒が主体的に学校行事等の企画・運営を行う機会を大切にし、協働的な取組みを通じて、課題解決力やリーダーシップの育成を図る[2]。
アドミッション・ポリシー
本校は、「いかなる国際情勢のなかでも生き抜く人材育成」を教育目標としている。得意技を身につけることを常に意識し、将来、世界を相手に活躍する気概と行動力を有する人材を育成する。
以上の理念を理解し、入学後に不断の努力を惜しまない、次のような生徒を望む。
1. 自分の意見を堂々と言える生徒
2. 自分の得意技を磨く生徒
- 理系・文系に限らず、知的好奇心や探究心に富み、自己の向上に努力し続ける
- 国内外の大会等への出場経験やこれから挑戦する気迫がある
- 英検2級レベル以上の英語力を有する、または英語4技能(聞く・読む・話す・書く)を高め、実践的な英語力を向上させる意欲がある(グローバル科志望者)
3. 高い志と進路目標をもつ生徒
沿革
略歴
学校創立
1900年に大阪府「教育一〇ヵ年計画」が策定され、大阪府内での中等教育機関の増設計画が決定した。高等女学校については、郡部は高等小学校在籍の女子生徒が少ないことから当面の府立高等女学校の設置は見送られたが[注釈 2]、一方で、当時の政府は女子教育の拡充策を急務としていたことから、大阪府は「将来的に郡部に府立高等女学校が必要となれば府立として設置する。郡立として設置する場合は府からの補助をおこない、将来的に漸次府立へ移管する」という方針も同時に打出した。
それを受け、泉南郡は郡立の高等女学校設置を決定し、1901年には、文部省告示第91号および大阪府告示第106号により、大阪府泉南郡立大阪府泉南高等女学校の泉南郡岸和田村への設置が認可された[注釈 5]。
同年、泉南郡岸和田村1910番地、岸和田城内の日南倶楽部建物[注釈 6]を使用して、大阪府泉南郡立大阪府泉南高等女学校は開校した。大阪府下の郡部に位置する高等女学校および郡立高等女学校としては初めての開設となった。
開校当初の校地は狭隘だったため、1911年5月に泉南郡岸和田村字東光寺[注釈 7]に移転新築した[3]。また、当時泉南地域の公共交通の便が悪く、遠方からの通学者への便を図るため、同年10月に寄宿舎を併設した。当時中学校の寄宿舎併設は珍しくなかったものの、高等女学校の寄宿舎併設は大阪府で唯一であった。 1915年4月、大阪府に移管され、大阪府立泉南高等女学校に改称した[3]。
岸和田高等女学校
1928年4月1日に大阪府立岸和田高等女学校に再改称した[3]。改称の経緯を示す資料は現存していないが、大阪府から改称指示があったと推測されている[4][注釈 11]。
1931年7月、寄宿舎は、公共交通機関の改善と建物の老朽化に加え、寄宿舎内でのダニ発生を要因として、廃止された。
昭和時代初期の戦局悪化に伴い、1938年には勤労奉仕が始まり、さらに1943年には勤労動員が始まった。勤労動員では3年生以上が学校近辺の日紡貝塚や東洋紡岸和田工場などに動員された。1・2年生は学校農場の農作業や校庭の開墾作業に動員された。また教員が応召されたことに伴う教員不足を補うため、1941年6月には岸和田臨時教員養成所も併設された。1945年には戦時臨時措置により4年卒業に短縮された。
学制改革
1948年、学制改革により新制高等学校に改組された[3]。岸和田高等女学校と岸和田中学校は共に所在地名「岸和田」を含む名称を使用していた為、当初は第二岸和田高等学校が仮称として使用された。しかし、最終的には、岸和田中学校側に「岸和田」の使用を譲り、和泉国に由来する「和泉」を冠した大阪府立和泉高等学校を名称に選定した。
改組に続き、近隣校との生徒交流を実施して男女共学を導入開始する事となったが、泉南地域では、男子校は旧制中学校の1校[注釈 12]に対し、女子校は5校[注釈 13]もあった。その為、貝塚市立高等女学校と泉南女子農芸学校については、生徒を和泉高等学校と佐野高等学校の両校に分けて編入させ、廃止となった。また岸和田市立高等女学校についても、生徒を岸和田高等学校と和泉高等学校の両校に分けて編入させ、廃止となった。
その上で、岸和田高等学校、和泉高等学校、および佐野高等学校の3校間で、高校1年生と併設中学3年生の男女生徒の交流が実施され、男女共学が開始された。生徒交流に際しては、和泉高等学校側では岸和田高等学校に転籍する女子生徒は抽選で選ばれた一方、岸和田高等学校側では和泉高等学校に転籍する男子生徒は居住地で分けられた[注釈 14]。
校舎滅失
1948年11月17日、原因不明の火災により校舎を滅失した[3]。折しも終戦直後の混乱期で、大阪府内ではGHQの指示により「義務教育優先」として高等学校の校舎を新制中学校校舎に転用する例も相次いでいたことから、火災を機に廃校もしくは他校との合併が実施されるのではないか、という噂が飛び交い、生徒や教職員による廃校・合併反対運動が起こった。
尚、泉南郡樽井町[注釈 15]は、佐野以南の泉南地域への高校誘致の為に用地を確保していた事もあり、和泉高等学校の樽井町への移転新築を打診したが、学校関係者に断られていた[注釈 16]。
大阪府教育委員会は「廃校や合併ではなく現在地での校舎再建を進める」と表明し、1950年12月30日には、火災で滅失した校舎は元の場所に再建された。
再移転
1960年代になると定員増で学校が過密化したことや、校舎の老朽化が目立つようになったことなど、校舎・校地の不都合が目立つようになり、1966年9月、教職員らは学校移転を前提に対応する方針を職員会議で決定した。
1968年秋には大阪府から新校地買収の予算が組まれ、農地であった現在地が選定されて、地主36人との交渉が開始され、校地として買収された。1971年8月、現在地への移転作業が実施され、1971年9月の2学期より現在地での授業を開始した。
旧校地は岸和田市立福祉総合センターに転用された。旧校舎の一部はセンターとして使用されていたが、2017年秋に取り壊された。
2011年度より2013年度まで、イングリッシュフロンティアハイスクールズG3グレード校に指定されていた[5]。
定時制
1948年、定時制課程(昼間定時制)普通科が併置されたが、3年後の1951年には、定時制課程(夜間定時制)普通科に転換された。
1960年代までは地方からの集団就職者の受け皿として、また当時全日制高校が少なかったことから進学希望者の受け皿として、定時制課程入学希望者が相次いでいた。また、1966年には、泉州の地場産業・繊維産業で交代勤務で働く生徒を対象に隔週定時制課程家政科も併設された[3]。
しかし1970年代になると、産業構造の変化により地方からの集団就職者が減少したことや、全日制高校が大量に増設されたことから志願者が減少傾向となった。
隔週定時制課程は1998年3月に閉課程となり[3]、また定時制課程も大阪府の定時制高校半減策により2008年3月に閉課程となっている。
年表
- 1901年4月1日 - 泉南郡立泉南高等女学校を岸和田城内泉南郡役所前に設置、開校。
- 1911年 - 泉南郡岸和田村字東光寺[注釈 17]に移転。
- 1915年4月1日 - 大阪府に移管、大阪府立泉南高等女学校と称する。
- 1928年4月1日 - 大阪府立岸和田高等女学校に改称。
- 1929年 - 生徒制服を制定。
- 1948年 - 学制改革に伴い、大阪府立和泉高等学校となる。大阪府立岸和田高等学校との間で教員・生徒の交流が行われ、男女共学が実施される。
- 1948年 - 昼間定時制課程を設置。
- 1948年11月17日 - 火災により校舎・講堂などを焼失。
- 1951年 - 夜間定時制課程普通科を設置。昼間定時制を廃止。
- 1966年4月 - 定時制家政科(隔週定時制)を設置。
- 1971年8月 - 岸和田市土生町(現在地)に移転。
- 1988年3月 - 定時制家政科(隔週定時制)が閉課程。
- 2008年3月 - 定時制課程を閉課程。
- 2013年4月 - グローバル科を設置。
基礎データ
設置する課程、学科、コースならびに定員
- - 24名以内(募集人員8名以内;海外から帰国した生徒の入学者選抜)
グローバル科
全日制課程では、1948年以降、長らく普通科のみが設置されていたが、2012年に普通科が改編されて「グローバルコース」が設置された。翌2013年には、「グローバルコース」が発展する形で、専門学科としてグローバル科が併置された[3]。
充実した語学教育として、卓越した英語力を育んでおり、具体的には、少人数での英語のスピーキング授業や英語ディベートを行うことにより英語力の向上を図っている。
そして、深化した取組みとして、海外留学や海外大学への進学にも照準を合わせた教育を行い、強力にバックアップしている。
また、身に付ける力として、論理的思考力・創造力を育むべく、学校設定科目IM(Is Me Hour)で小論文執筆、プレゼンテーション、課題研究を通じたプロジェクト型学習を実施している。
特別活動
学校行事
宿泊を伴うオリエンテーションは無い。水泳大会や水泳合宿といった夏季の体育行事も無い。また冬季の体育行事としては、耐寒登山は無いが、球技大会とマラソン大会は行われている。文化行事としては、芸術選択科目の作品展示会・発表会、百人一首大会、予餞会は無いが、芸術鑑賞会や合唱コンクールは行われている。
- 1学期
- 2学期
- 3学期
合格者歓迎会
生徒会執行部が中心となり、新入生に対し、映像やパフォーマンスで各部の魅力を伝え、活動の紹介を行う。
体育祭
赤色、青色、黄色3つの異学年縦割り応援団が結成され、各団の有志による応援団パフォーマンスが行われる。2024年度より、熱中症対策として岸和田市総合体育館での開催となっている。体育館で実施出来ないリレー競技は体育祭前日に学校運動場で行う。
文化祭
1年生は教室企画、3年生は教室食販を行い、模擬店を出店する。体育館では、1日目にダンス部、軽音楽部、吹奏楽部が発表を、2日目に2年生が舞台発表を行う。有志企画、PTA企画、キッチンカーの出店などの企画も行われる。
合唱コンクール
1年生・2年生を対象に、南海波切ホールで行われる。1962年から開始された歴史ある行事で、コロナ禍の3年間はボディパーカッションコンクールを代替実施した。
合格者歓迎ロード
合格した生徒を拍手で出迎え、祝う。2022年から始まった。
部活動
高校関係者と組織
高校関係者組織
- 大阪府立和泉高等学校学校運営協議会 - 保護者、地域住民、校長、関係行政機関の職員の中から委嘱された委員による機関。学校運営及び当該運営への必要な支援に関して協議する。
- 大阪府立和泉高等学校PTA - 生徒保護者と教員による父母と教師の会(PTA)組織で、会員は入会金及び年会費を納入する。
- 大阪府立高等学校PTA協議会 - 大阪府教育庁に近接する大阪市中央区糸屋町に事務局を置くPTA協議会。大阪府立和泉高等学校PTAの会員をもって会員とし、会員は単位PTA分担金として会費を納入する。
- 大阪府立和泉高等学校同窓会 - 前身学校を含む卒業生による同窓会組織。事務局を校地内に所在する同窓会館「萌友館」に置く。
高校関係者一覧
著名な出身者
- 政治(立法)
- メディア
- 森谷威夫 - KBS京都アナウンサー
- 経済・実業
- 小篠綾子 - デザイナー、本校女子制服のデザイン、カーネーション (テレビドラマ)ヒロインのモデル
- コシノミチコ - デザイナー
- 辰野勇 - 登山家、モンベル創業者
- 学術
- 文芸・芸術
- 舞台芸術・芸能
参考文献
- 大阪府立和泉高等学校校史編纂委員会『和泉高校百年誌』2001年。
- 大阪府立和泉高等学校定時制記念事業実行委員会『和泉高校定時制の軌跡』2008年。
- 創立70周年記念誌編集委員会『和泉高校創立70年の歩み』1971年。
