迷い道
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収録曲
制作
渡辺本人も思い出の一曲として挙げ、自宅のある神奈川県横須賀とスタジオのある東京市谷は片道60キロ以上の道のりだったが、16往復してようやく完成にこぎ着けたという[3][4]。「最初、歌詞は2番までしかなかったが、曲が短いことから、3番の歌詞を追加して作詞した」「既存の3曲から良いとこ取りで曲のエッセンスをまとめて一曲にした」「京浜急行の快速特急に乗っていて、金沢文庫駅あたりでカーブが多い所を通過するのを思い出して「『迷い道くねくね』という歌詞を発想した」などと話している[4]。「制作時は20歳と若かったから、こういう内容の歌詞は嫌、私のプライドとして書きたくないというのもあり、なかなかOKが出ず、帰りの京浜急行は半泣き。そういうものを一枚一枚、破り捨てられ、成功につながった。ただ作るんじゃなく、『ヒットソングってこういうことだ』と身をもって覚えていった気がします」などと述べている[3]。苦労したデビュー曲とは対照的に2ndシングル「かもめが翔んだ日」は「順調にいきすぎてしまい、苦労がなかった」という[3]。
Guitarブック別冊の『海と愛』(エイプリル出版)という雑誌で、渡辺がデビュー前、カーリー・ヘアーで「ストレイ・キャット」(日本語で迷い猫)というロック・バンドのボーカルをつとめていたことがあり、「迷い」という言葉には古くから縁があった旨のエピソードが紹介されている。[要出典]
「海と愛」では、また、B面曲の「愛情パズル」の歌詞にでてくる「ペコペコサンド」は、当時横須賀のドブ板通りにあった「ペコス」という喫茶店で実際に出されていたメニュー(その後「ペコバーガー」とメニュー名が変更されている)であるというエピソードも紹介されている。[要出典]
月刊明星の記事において、歌い出しの「現在、過去、未来」という歌詞は、当初はサビの部分に配置されていたが、当時の担当者から「この歌詞を最初にもってきたら面白い」とアドバイスされて、今の形になった、というエピソードが紹介されている。[要出典]
実績
ザ・ベストテン
- 1978年1月19日から放送開始したTBS系の音楽番組『ザ・ベストテン』では、1978年3月16日に9位でランクイン、スタジオ初登場となった。その後、9位 - 7位 - 6位 - 8位 - 10位 - 9位 - 7位 - 10位 - 10位と、トップ10ギリギリでランクインし続けた[5]ことから、「土俵際の真知子」という称号が与えられていた。[要出典]曲のリリースは前年の11月1日で、4カ月後のランクインは、渡辺はルックスの良かったため、テレビに出ることでアピールできたものと考えられる。同年5月18日には12位とベストテン圏外になるものの、同日付で2ndシングルの「かもめが翔んだ日」が14位にランクインし、6月15日に9位で登場する連続ヒットとなった[6]。同年秋の3作目のシングル「ブルー」もベストテン入りした[7]。