1945年(民国34年)、日本の敗戦に伴い満州国が崩壊すると11月に共産党により旧四平省地域に遼北省自治政府が設置され、省会が四平市に定められた。
国共内戦で国民党軍の攻勢を受けると省政府は洮南県に移動、1946年(民国35年)には吉江行政区に改編されたが、同年4月に再び遼北省が設置されている。同年6月、遼北省政府の一部は通化県に移転、通化行署と統合され遼寧省が成立すると同時に、一部は遼西行署と合併し遼吉行政区(公署は洮南県)が成立した。
12月1日、東北行政委員会は遼西行政区を遼北省と改編することを決定、1947年(民国36年)2月1日には遼北省政府を白城子に設置し、下部に5専区28県旗を管轄した。8月5日、第4専区が廃止となりその所轄県は省政府の直轄となった。1948年(民国47年)2月29日、省政府は鄭家屯に移転、2市25県5旗を管轄した。
1949年(民国38年)4月21日、遼西省へ統合された。