黒山県
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黒山県は遼寧省西部に位置する。
歴史
明代は鎮遠堡、清初は小河山、または小黒山と称された。黒山鎮の東北にある小黒山の山頂には上帝廟がある。この山はあまり高くないが、遠くの山河や県の街が一望できる。
戦国時代には燕の遼東郡に属する。そして、秦の中国統一後も遼東郡に属する。前漢には幽州刺史部遼東郡に属する。後漢には遼東属国に属し、三国時代には幽州の昌黎郡に属する。西晋には平州の昌黎郡に属する。五胡十六国時代には前燕・前秦・後燕と国が移るが同じ平州の昌黎郡に属する。南北朝時代には営州の地となり、隋は涿郡に属する。唐には安東都護府に属する。遼には東京道顕州奉先軍に属する。金には北京路広寧府に属する。元には広寧府路に属し、域内に望平県を設ける。明には広寧衛に属し、鎮遠堡となった。
清代になると広寧県と新民県に属した。1902年(光緒28年)には両県の一部に鎮安県が設置され、これが黒山県の前身となる。中華民国が成立すると、1914年(民国3年)1月、陝西省に同名の鎮安県が存在したため黒山県と改称、奉天省遼瀋道の管轄とされた。その後1929年(民国18年)に遼寧省に、満洲国が成立すると1932年(大同元年に奉天省に、1935年(康徳2年)には錦州省に移管された。中華人民共和国が成立すると1949年に遼西省、1954年より遼寧省錦州市の管轄となり現在に至る。
