鄭麗文
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| 鄭 麗文 | |
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2025年 | |
| 生年月日 | 1969年11月12日(56歳) |
| 出生地 |
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| 出身校 |
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| 所属政党 |
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| 在任期間 | 2025年11月1日 - 現職 |
| 選挙区 | 全国不分区及び僑居国外国民選挙区 |
| 在任期間 |
2008年2月1日 - 2012年1月31日 2020年2月1日 - 2024年1月31日 |
| 選挙区 |
台北市第一選挙区 全国不分区選挙区 |
| 在任期間 |
1996年5月20日 - 2000年5月19日 2005年5月30日 - 2005年6月7日 |
| 鄭 麗文 | |
|---|---|
| 職業: | 政治家 |
| 籍貫地: | 雲南省寧洱県 |
| 各種表記 | |
| 繁体字: | 鄭 麗文 |
| 簡体字: | 郑 丽文 |
| 拼音: | Zhèng Lìwén |
| ラテン字: | Cheng Li-wun |
| 和名表記: | てい れいぶん |
| 発音転記: | ジェン・リーウェン |
鄭 麗文(てい れいぶん、1969年〈民国58年〉11月12日 - )は、中華民国(台湾)の女性政治家、司会者。第7・10代立法委員。中国国民党所属。2025年10月18日の党主席選挙で勝利し、同年11月1日に党主席に就任[1]。国民党の中でも右派に属しており台湾独立に苛烈に反対している。
1969年11月12日、台湾省の雲林県口湖郷で生まれる。父親は雲南省出身のイ族、母親は台湾本省人。国立台湾大学法学部を卒業後、1990年に民主化要求デモである「三月学運」に参加後、[2]1996年に民主進歩党(民進党)に入党した。この時彼女は急進左派に属しており、「台湾共和国を建国しよう」「台湾人は台湾人である」との主張をする台湾独立派であった[3]。しかし、2002年に民進党幹部の涂醒哲の男性に対するセクハラ事件を民進党が組織防衛のために庇おうとしたことで、民進党に批判的になり離党した[4]。2005年に国民党に入党するとそれまでの台湾独立を批判するようになり反台独強硬派になった[5]。
第7・10代立法委員のほか、台湾人権促進会秘書長、「火線双嬌」「飛碟午餐」の番組司会者、第3代国民大会代表、行政院スポークスパーソン、中国国民党副秘書長・文伝会主委とスポークスパーソン・中央政策会副執行長を歴任した。テンプル大学法学修士、ケンブリッジ大学国際関係修士[6][7]。