朱立倫
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 朱 立倫 | |
|---|---|
![]() | |
| 生年月日 | 1961年6月7日(64歳) |
| 出生地 |
(現:桃園市八徳区) |
| 所属政党 |
|
| 配偶者 | 高婉倩 |
| サイン |
|
| 当選回数 | 1回 |
| 在任期間 | 2021年10月5日 - 2025年11月1日 |
| 当選回数 | 1回 |
| 在任期間 | 2015年1月19日 - 2016年1月18日 |
| 当選回数 | 2回 |
| 在任期間 | 2010年12月25日 - 2018年12月25日 |
| 内閣 | 呉敦義内閣 |
| 在任期間 | 2009年9月10日 - 2010年5月17日 |
| 総統 | 馬英九 |
| 当選回数 | 2回 |
| 在任期間 | 2001年12月20日 - 2009年9月10日 |
| 朱 立倫 | |
|---|---|
| 籍貫地: | 浙江省義烏県 |
| 各種表記 | |
| 繁体字: | 朱 立倫 |
| 簡体字: | 朱 立伦 |
| 拼音: | Zhū Lìlún |
| 和名表記: | しゅ りつりん |
| 発音転記: | ヂュー リールン |
朱 立倫(しゅ りつりん、1961年〈民国50年〉6月7日 - )は、中華民国の政治家(中国国民党所属)、第7、11代中国国民党主席。初代、第2代新北市長。外省人。
1961年、台湾北部の桃園県八徳郷(現:桃園市八徳区)生まれ。父親の朱樟興は浙江省義烏県が本籍地で、国民党軍の工兵将校、桃園県の県議会議員を務めた。台湾大学卒業後、ニューヨーク大学で会計学博士号を取得した。その後はしばらくニューヨーク市立大学で助理教授を務めて帰郷し、台湾大学教授、北京大学管理学院客員教授、証券上場審議委員、消費者文教基金会委員を務めた[3]。
1998年の立法委員選挙で当選し政界入り。2001年、民進党の彭紹瑾を破って桃園県長に当選。2008年11月から中国国民党副主席にも就任。
県長任期中の2009年9月、馬英九総統より行政院副院長(副首相)に指名されたが、後に新北市長選挙に出馬するため、辞職した。2010年11月に実施された新北市長選挙では、対立候補であった民進党主席の蔡英文を破り当選した。
2015年1月19日、中国国民党主席に就任[4]。10月17日、国民党は副主席の洪秀柱の総統選立候補資格を廃止し、候補者を朱立倫に取り代えた。そのため、朱は2016年中華民国総統選挙に急遽出馬することとなった[5]。
2016年1月16日に実施された総統選挙では、31.0409%の得票率しか得られず、56.1234%を得た民主進歩党の蔡英文に惨敗し、国民党主席の職を引責辞任する意向を表明[6]。同月18日に党主席を正式に辞任した[7]。
