酒井亜樹
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| 基本情報 | ||||||||||||||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 2001年9月19日(24歳) | |||||||||||||||||
| 出身地 | 大阪府岸和田市 | |||||||||||||||||
| 身長 | 161cm | |||||||||||||||||
| 体重 | 59kg | |||||||||||||||||
| 縁故選手 |
酒井拳蔵(兄、109期) 土屋珠里(義姉、110期) | |||||||||||||||||
| 選手情報 | ||||||||||||||||||
| 登録番号 | 015952 | |||||||||||||||||
| 所属 | 日本競輪選手会大阪支部 | |||||||||||||||||
| ホーム | 岸和田競輪場 | |||||||||||||||||
| 期別 | 128期 | |||||||||||||||||
| 脚質 | 両 | |||||||||||||||||
| 登録地 | ||||||||||||||||||
| 2025 - | 大阪 | |||||||||||||||||
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選手情報 KEIRIN.JP | ||||||||||||||||||
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| 自転車競技情報 | ||||||||||||||||||
| 所属 | チーム楽天Kドリームス | |||||||||||||||||
| 分野 | トラックレース | |||||||||||||||||
| 所属歴 | ||||||||||||||||||
| アマチュア経歴 | ||||||||||||||||||
| 2017 - 2020 | 岸和田市立産業高等学校 | |||||||||||||||||
| 2020 - 2024 | 桃山学院教育大学 | |||||||||||||||||
| プロ経歴 | ||||||||||||||||||
| 2023 - | チーム楽天Kドリームス | |||||||||||||||||
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| ■最終更新日:2025年3月9日 ■テンプレートを表示 | ||||||||||||||||||
酒井 亜樹(さかい あき、2001年9月19日 - )は、女子競輪選手、自転車競技選手。日本競輪選手会大阪支部所属、ホームバンクは岸和田競輪場。師匠はいない。日本競輪選手養成所(以下、養成所)第128期生。2023年よりチーム楽天Kドリームス所属。
大阪府岸和田市出身。実兄は競輪選手の酒井拳蔵(109期)[1]、義姉(拳蔵の妻)は同じくガールズケイリン選手の土屋珠里(110期)。
10歳の時、自転車競技大会に出場する兄・拳蔵を応援するため岸和田競輪場を訪れた際にBMX競技に出会い興味を持ち、自身もBMXを始める。岸和田市立産業高等学校3年生であった2019年7月、安芸高田市で行われた第36回全日本BMX選手権大会で優勝[2]。
桃山学院教育大学[3]へ進学後、トラック競技に転向。4年生であった2023年よりナショナルチーム入り。同年6月にマレーシア・ニライで行われたアジア自転車競技選手権大会(英語版)にて、500mタイムトライアル決勝で34秒273の日本新記録で銅メダルを獲得、さらに太田りゆ、梅川風子、佐藤水菜とともに臨んだチームスプリントでは銀メダルを獲得[4][3]。ほか、250mタイムトライアルレースで19行137秒の最速ラップを記録。さらに同年の全日本選手権では、佐藤水菜、太田りゆとともに750mチームスプリントレースのベストタイムの記録を樹立。
2024年1月、養成所第128回選手候補生入所試験に技能試験で合格[5]。
養成所在所中は、女子では小林優香以来となる3回連続でゴールデンキャップを獲得[注釈 1](複数回獲得は女子では5人目)。女子初の早期卒業を狙ったものの、第2回記録会までで早期卒業基準タイムをクリアできなかった。だが、第3回記録会では500mタイムトライアルで養成所新記録となる35秒93を叩き出す[注釈 2]。さらに卒業間近の2025年2月21日、マレーシア・ニライで行われたアジア自転車競技選手権大会(英語版)にて、佐藤水菜・仲澤春香とともにチームスプリントの第1走者として出場、銅メダルを獲得した[6]。卒業記念レースでは決勝戦ではゴール前で追い込んだものの微差で2着[7][8]。ただ、女子としては史上初となる、訓練競走と卒業記念レース3レースとで全56戦で着外0[注釈 3]を達成、在所成績1位[注釈 4]で養成所を卒業した[7][10]。
2025年5月9日、別府FII(競輪ルーキーシリーズ)でデビューし、デビュー戦で初勝利。同開催では3連勝し初優勝(完全優勝)。ルーキーシリーズはほかいわき平FIIも完全優勝。さらに本格デビュー場所となった7月7日の地元・岸和田FIIでも完全優勝し[注釈 5]9連勝とした[11]。ただ、次戦の静岡FIIでは初日は勝利するも2日目に2着となり、デビューからの連勝は10でストップした。