岸和田競輪場
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| 岸和田競輪場 日本トーターブッキースタジアム岸和田[1] | |
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| 基本情報 | |
| 所在地 | 大阪府岸和田市春木若松町22-38 |
| 座標 | 北緯34度28分56.4秒 東経135度23分33.1秒 / 北緯34.482333度 東経135.392528度座標: 北緯34度28分56.4秒 東経135度23分33.1秒 / 北緯34.482333度 東経135.392528度 |
| 電話投票 | 56# |
| 開設 | 1950年(昭和25年)2月 |
| 走路 | 400m |
| 施行者 | 岸和田市 |
| 民間委託 | 日本トーター |
| トータリゼータ | 日本トーター |
| 重勝式投票 | Kドリームス |
| マスコット | 「チャリオン」 |
| 公式サイト | 岸和田競輪 |
| 旧称 | ブッキースタジアム岸和田 |
| 実況 | |
| 担当 |
大津尚之(岸和田市営開催) 岩原紗也香(和歌山県営開催) |
| 所属 |
OFFICE freetalk(大津) フリー(滝口・岩原) |
| 記念競輪 | |
| 名称 | 岸和田キング争覇戦 |
| 開催月 | 年度ごとに移動(次回は2027年度以降) |
2024年6月25日 更新 | |
岸和田競輪場(きしわだけいりんじょう)は、大阪府岸和田市にある競輪場である。通称は浪切バンク。施設所有および主催は岸和田市。競技実施はJKA中日本地区本部近畿支部。電話投票におけるコードは56#。
場内改修
開設は1950年2月。主催者は、現在は岸和田市のみであるが、過去には富田林市、ならびに「阪南3市競輪事務組合」(泉大津市、貝塚市、泉佐野市)も主催しており、開催節ごとに主催者を入れ替えて行っていた。富田林市と阪南3市は2001年度に主催から撤退している。
入場門は、大阪府道204号堺阪南線(旧国道26号)側の西入場門と、南海本線春木駅に近い線路沿いの東入場門の二か所。後述の2018年度からの第1期リニューアル完成を期に、積極的に誘致している高松宮記念杯競輪が東西対抗戦であることにちなみ、それまでの正門を西入場門に、南門を北東へ移設したうえで東入場門に、それぞれ改称された[2][3]。西入場門そばにイベントステージがある。
入場料は2025年10月より一般開催は無料となったが、特別競輪開催時は2026年度以降も有料50円である。特別観覧席入場料は別途1席200円、4人用・3人用・2人用のボックス席・グループ席はいずれも1区画単位1000円。
大型映像装置は、2センターに設置されている。
食堂は、特別観覧席2階(イベントスペース側)にある。このほか、西入場門そばの売店で軽食(うどんなど)、弁当、カップラーメンなどを販売している(売店内にイートインスペースあり)。それら以外にも、キッチンカーの出張がある。
トータリゼータシステムは当場の包括委託業者である日本トーターを採用している。2011年7月13日の開催から重勝式投票のKドリームスを発売している。
イメージキャラクターはライオンの『チャリオン』(2021年5月にデザイン変更)で、それにちなんで『チャリオンカップ争奪戦』が開催されている。また現役時代に関西のドンとして日本選手権競輪やオールスター競輪などを制した石田雄彦を称えた『石田雄彦杯』と、現役時代から「ヤマセイ」と呼ばれ中野浩一より前に「ミスター競輪」とも評されていたほどの強豪であった山本清治を称えた『ヤマセイ杯』が、それぞれ開催されている。また、近年は年跨ぎ開催として、『ニッカン・コム杯争奪シャイニングドリーム賞』が毎年12月31日から1月2日(4日制開催の場合は1月3日)にかけて行われている。
選手宿舎は競輪場から100mほど西側に離れた場所にある「岸和田サイクル会館」であり、競輪場と宿舎との間の選手の移動はマイクロバスで行われている。
実況は2010年度まで橋本悠督が担当していたが、2011年度からは、大津尚之が担当している[注 1]。過去には、滝口久や和田年弘も担当していた。岸和田競輪場を借り上げる開催の場合は、借り上げ元の実況アナウンサーが実況を担当している。実況席は、1センターから2コーナーにかけて建っている新管理棟に設けられている。
開設記念(GIII) は『岸和田キング争覇戦』の名称で開催されているが、後述の通りGI開催が多いことから開催頻度は少なくなっている[注 2]。2011年は3月19日より開催予定だった岸和田記念が東日本大震災の影響により中止となったため、4月16日より同じく中止になった川崎記念の日程と出場選手を振り替える形で被災地支援競輪として『がんばろう日本GIII in 岸和田』が開催された。さらに、2012年は10月に、2014年は11月から12月に跨いでそれぞれ開催されたほか、2021年(2020年度)は1月に和歌山競輪場にて代替開催された(後述)。そのため、岸和田本場では2016年度を最後に開設記念は開催されていない。
2013年以降、高松宮記念杯競輪を積極的に誘致・開催を行っている。同大会は大津びわこ競輪場で固定開催されてきていたが、2011年に同場が廃止となったため、以降は近畿に限らず持ち回り開催となっている。2013年の第64回大会で岸和田で初開催された後、2015年・2017年・2018年・2019年・2021年[注 3]・2022年[注 4]・2023年・2024年・2025年と実施。以後も2026年・2027年までの開催が決定している。2023年以降の高松宮記念杯競輪はガールズケイリンのGIパールカップとも同時開催されており、第1回大会以降開催が決定している第5回まで全て岸和田開催となっている。固定開催が決まっているというわけでは無いため、毎年選考を経て実施している。
その他のGIも、1970年・1997年・2009年に日本選手権競輪、1964年・1967年・1969年・1979年・1988年にオールスター競輪、1992年・2002年・2005年・2011年に読売新聞社杯全日本選抜競輪、2009年にSSシリーズ風光るを開催。さらに2014年にはKEIRINグランプリも行われた。
2012年5月4日から6日の開催で、『岸和田モーニング945』として午前9時45分に第1レース発走とする「モーニング競輪」を実施し、これが全国初のモーニング競輪の開催となった。岸和田でのモーニング開催実績は、2026年現在この1節のみである。
ミッドナイト競輪は2016年より小倉競輪場のバンク・施設を借り上げて岸和田市主催としてのミッドナイト競輪を開催していたが、2022年7月4日より全国27場目として、「ローズミッドナイトレース」として自場での開催を開始している[4]。ナイター競輪は開催していない。
2021年5月のリニューアルオープンに際して、前述の『チャリオン』の他、競輪場ロゴも新しいもの(岸和田の山・海、レーサーパンツの星などがモチーフ)に変わった[5]。
2004年7月17日からは場内およびインターネットで岸和田BBスタジオを放送しており、岸和田だけに限らず他場のグレードレースでも映像を配信したことからファンの高い支持を得ていたが、2010年11月より本場開催の映像音声のみの配信に変更された。
2010年秋頃からバックスタンドの取り壊し工事が行われ、跡地にBMXコースが造られ「サイクルピア岸和田」として2011年4月にオープンした。
2018年度から岸和田市が策定した施設整備計画に基づいて、2期に分けて大規模改修が実施することとなった。
第1期は同年度から2021年度の4年間の予定で行われ、2019年7月から2021年5月末までは本場開催を休止しバンクと南門の全面改修工事を行った[6](その間は場内窓口にて場外発売のみ継続)。そのため、改修工事期間中の本場開催は和歌山競輪場にて施設を借り上げて行い、2020年度の開設記念は平年では和歌山競輪の開設記念『和歌山グランプリ』が開催される時期である2021年1月9日 - 12日に『岸和田キング争覇戦in和歌山』として代替開催を行った[7][注 5]。その後は、第1期改修工事完了後の同年6月に、岸和田競輪場では2年ぶりとなる高松宮記念杯競輪が開催された。第2期は第1期計画の進捗状況や市の財政状況などを検討した上で行うこととなっており、2026年現在は基金積み立てを行っている。
施設命名権
2019年4月1日から、日本トーターが命名権を購入し、「ブッキースタジアム岸和田」を競輪場の愛称としている(ブッキーは日本トーターが運営する投票ポータルサイト「Gamboo」のキャラクター)[8]。2025年4月より愛称を「日本トーターブッキースタジアム岸和田」に変更[9]。
場外車券売場
かつては和歌山競輪場と共に新今宮駅の真北(古くは工場があり、永らく更地のままであったが、星野リゾートによるホテル『OMO7大阪』が開業)、あるいは難波にて専用場外車券売場の開設を計画していたが、いずれも周辺住民などからの反発が大きく、計画はとん挫した。その後、2007年3月に会員制の競輪場外車券売場「サテライト大阪」を大阪市中央区の日本橋駅近くにオープンさせている。
2010年4月からは、サテライト阪神(兵庫県三木市)の管理施行を観音寺競輪場より引き継いでいる。同競輪場が2012年3月で廃止された後の場外発売も「サテライト観音寺」として引き継いだ。
2015年10月7日には、滋賀県湖南市に「サテライト湖南コスモス」をオープンさせている。
バンク
エピソード
- 第9回全日本選抜競輪(青森競輪場)3日目が行われていた1993年8月1日の午後4時前、第10レースにて8名が敢闘精神欠如による悪質失格と判定され[注 6]、同レースでは単勝式のみ成立、その他の複勝式、枠番連勝単式は不成立となり単勝式以外の全ての車券が返還となった[注 7]。岸和田競輪場においても同大会の場外車券発売を行っており、当日は約9700人が入場していたが、この判定結果に納得いかなかった場内のファン約300人が「なんで当たり車券の払い戻しができんのや」「ハズレ車券と思って捨ててしまった」などと払い戻しなどを要求した上に、中には窓ガラスや自動払戻機を破損させただけでなく、火をつけた新聞紙を車券発売窓口に突っ込んだり現金を奪い取ろうとするなど暴動騒ぎが発生した。この騒動により近くの岸和田警察署から多数の警察官、機動隊が出動する事態となったが、約100人が最後まで納得せず居残ったため最終的に退去命令が出され、午後8時過ぎまでに騒ぎは収まった[11]。
