酒井杏之助

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生誕 (1893-03-26) 1893年3月26日
日本の旗 日本東京府
死没 (1980-11-04) 1980年11月4日(87歳没)
出身校 旧制東京商科大学専攻部
職業 銀行家
さかい きょうのすけ
酒井 杏之助
生誕 (1893-03-26) 1893年3月26日
日本の旗 日本東京府
死没 (1980-11-04) 1980年11月4日(87歳没)
出身校 旧制東京商科大学専攻部
職業 銀行家
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酒井 杏之助(さかい きょうのすけ、1893年(明治26年)3月16日 - 1980年(昭和55年)11月4日)は、日本銀行家第一銀行頭取や、同行会長第一勧業銀行相談役全国銀行協会連合会会長等を歴任した。

東京府生まれ。静岡県出身。旧制東京府立第一中学校(現東京都立日比谷高等学校)を経て、1922年旧制東京商科大学(現一橋大学)専攻部卒業、第一銀行入行。太平洋戦争中の1943年に帝国銀行取締役調査部長に昇格。日本の降伏後、1946年帝国銀行常務取締役となる。1948年第一銀行副頭取。1951年から第一銀行頭取を務め[1][2]、世論の反対が強い中、川崎製鉄千葉製鉄所(のちのJFEスチール東日本製鉄所千葉地区)建設の支援にあたるなどした[3]。1962年に井上薫に頭取の座を譲り会長となり、1966年に井上の会長就任に伴い相談役に退く。1971年第一勧業銀行相談役。この間、全国銀行協会連合会会長、東京商工会議所副会頭、龍門社理事長等も務めた[1][2]

人物

著書

脚注

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