酒巻清治
From Wikipedia, the free encyclopedia
| |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 福井永平寺ブルーサンダー | |||||||||||||
| 役職 | 監督 | ||||||||||||
| 所属リーグ |
| ||||||||||||
| 基本情報 | |||||||||||||
| 国 |
| ||||||||||||
| 出身地 | 愛知県名古屋市 | ||||||||||||
| 出身 |
愛知高等学校 中京大学 | ||||||||||||
| 所属クラブ | |||||||||||||
| |||||||||||||
| 監督歴 | |||||||||||||
| |||||||||||||
| テンプレートを表示 | |||||||||||||
酒巻 清治(さかまき きよはる、1962年5月7日 - )は、愛知県名古屋市出身の元ハンドボール選手、指導者。現在は日本ハンドボールリーグ(リーグH)の福井永平寺ブルーサンダーで監督を務めている。
中学よりハンドボールを始める[1]。
中京大学卒業後、1985年湧永製薬に入社。同社ハンドボール部に所属。2009年現在日本リーグ通算得点第48位[2]。全日本では、1990年チェコスロバキアで行われた世界選手権代表に選ばれている[3]。
また、指導者としても活躍。1994年から湧永製薬監督、1996年からオーレ・オルソンのもと全日本男子コーチ、2000年から再び湧永監督を務めた。その後は2004年に湧永を退社し、スウェーデンに留学。2005年からトヨタ車体監督に就任した[3][4]。
2007年10月、ハンドボール全日本代表は北京オリンピックアジア予選で敗退、イビツァ・リマニッチ全日本監督は責任を取って辞任した。その後、「中東の笛」問題によりアジア予選のやり直しが決定。同年12月に後任として急遽全日本男子代表監督に就任した[4]。
2012年に行われたロンドンオリンピック世界最終予選では五輪出場の権利を獲得できず、大会終了後に代表監督を退任した[5]。
2016-17年シーズン限りでトヨタ車体の監督を退任。2017年4月から日本代表のチームマネージャーに就任[6]。2017-18年シーズンからトヨタ車体のテクニカルディレクターを務めている[7]。
2025年から福井永平寺ブルーサンダーの監督に就任[8]。
脚注
- ↑ 『確実に上達するハンドボール』159頁。
- ↑ 日本ハンドボールリーグ公式. “記録・過去の成績”. 2009年9月15日閲覧。
- 1 2 広島県人権啓発活動ネットワーク協議会. “酒巻 清治さん(湧永製薬ハンドボール部監督)”. 2009年9月15日閲覧。
- 1 2 産経新聞 (2007年12月23日). “監督にトヨタ車体・酒巻氏 ハンド男子日本”. 2008年1月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年9月15日閲覧。
- ↑ ハンド男子代表再建へ酒巻氏が監督復帰 日刊スポーツ (2015年1月16日)
- ↑ 新生・日本男子代表の強化合宿メンバーを発表 スポーツイベント (2017年4月15日)
- ↑ トヨタ車体 - 第42回日本リーグ 2017-2018 Season 日本ハンドボールリーグ
- ↑ 酒巻新監督 就任のお知らせ 福井永平寺ブルーサンダー (2025年6月30日)
関連項目
- 愛知県出身の人物一覧
- 市原則之
- 蒲生晴明:予選やり直し時の全日本総監督
- ベルト・バウワー:予選やり直し時の全日本女子監督
|
|
|
|
|
|
|
|
福井永平寺ブルーサンダー 2025-26 | |
|---|---|
| 監督・コーチ | |
| GK | |
| BP | |
| WP | |
| PV | |
| チーム公式サイト リーグ公式サイト 2026年4月3日更新 | |
| ||||||||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
この項目は、ハンドボールに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ)。 |