野々村竜太郎

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生年月日 (1966-07-29) 1966年7月29日(59歳)[1]
出身校 大阪府立北野高等学校
関西大学法学部法律学科[1]
所属政党 西宮維新の会
野々村 竜太郎
ののむら りゅうたろう
生年月日 (1966-07-29) 1966年7月29日(59歳)[1]
出生地 日本の旗 日本 大阪府大阪市
出身校 大阪府立北野高等学校
関西大学法学部法律学科[1]
所属政党 西宮維新の会
選挙区 西宮市選挙区
当選回数 1回
在任期間 2011年6月11日[2] - 2014年7月11日[3]
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野々村 竜太郎(ののむら りゅうたろう、1966年昭和41年〉7月29日 - )は、日本政治家占い師2011年平成23年)から兵庫県議会議員を務めていたが、2014年(平成26年)に政務活動費を巡る不正疑惑が指摘されて記者会見の席で号泣して話題となった。この問題で議員辞職し、のちに詐欺罪有罪判決を受けた。その後、占い師に転身した[4]

県議当選まで

大阪府大阪市出身で、大阪府立北野高等学校を経て関西大学法学部法律学科を卒業し、1992年(平成4年)から兵庫県川西市職員として勤務した[5][1]2007年(平成19年)まで川西市役所で勤務した[5]2009年(平成21年)7月時点で、 西宮市国民健康保険運営協議会の委員だった。[6]

退職後、2008年(平成20年)7月の揖保郡太子町選挙、同年11月の西宮市長選挙、2009年(平成21年)7月の兵庫県議会議員補欠選挙(西宮市選挙区)、2010年(平成22年)5月の西宮市長選挙と相次いで選挙に立候補したが、いずれも落選した[7]。しかし、2011年(平成23年)4月10日に行われた兵庫県議会議員選挙西宮市選挙区(定数7)において、立候補した10人中7位となる11,291票を獲得して当選した[6]。同年6月11日から兵庫県議会議員に就任した[2][注釈 1]

野々村が県議会議員選挙に当選できた理由について、府立北野高校から関西大学を経て地方公務員という有権者に受けの良い経歴に加えて、大阪維新の会側に無断で名乗って独自に設立した政治団体「西宮維新の会」所属ということが、維新の会との関係を誤信させたことによる、との指摘がある[9][10]。野々村本人は、のちに辞職に際して自身のブログに掲載した記事で、維新の虎の威を借りたことは事実と認めながらも、繰り返し立候補してきた知名度で競り勝ったものであると主張している[11]。なお、その後西宮市議会で当選した本来の維新の会の議員らは、野々村との関係を疑われることを恐れて会派名で苦慮することになった[10]

政務活動費問題

兵庫県議会では、政党活動などを除く調査研究のために、政務活動費として議員1人あたり月額50万が議員報酬と別に支給される制度があった。2013年度(平成25年度)の政務活動費に関する収支報告書を2014年(平成26年)6月30日に兵庫県議会が公表した際に、野々村が2013年度に支給された600万円を全額使い切り、そのうち兵庫県内の豊岡市佐用町および東京都福岡県福岡市の4か所を日帰りで計195回訪問したとして、「要請陳情等活動費」の項目で計301万5160円を支出していたことが地元紙である『神戸新聞』の報道で明らかとなった。この費用は、野々村の自宅最寄りである阪神武庫川団地前駅からの往復であるとされ、城崎温泉駅(豊岡市)を106回、佐用駅(佐用町)を62回、博多駅(福岡市)を16回、東京都を11回訪問したとされていた。このうち4月には11日連続で福岡と東京を、6月から7月にかけては12日連続で豊岡と佐用を交互に訪問していた。政務活動費はすべての支出に領収書の添付が義務付けられていたが、自動券売機きっぷを購入し領収書が発行されない場合などの例外規定があり、野々村が提出した収支報告書には領収書は添付されていなかった[12]

翌7月1日に野々村は県議会で記者会見を開き、自身の支出の正当性を主張したものの、訪問先などについては公表しない前提で政策教授や意見交換をしたとして説明しなかった[13]。野々村はこの会見の席で「やっと議員になれたんです」などと号泣し、全国的な注目を集めることになった[3][14]。号泣会見に対しては批判があり、野々村は一時憔悴した状態であったが、7月11日に県議会事務局が行った事情聴取の際に、事務局が用意した辞職願に署名押印し、県議会議員を辞職した。また県議会側は調査権限に限界があるとして、この日野々村を刑事告発した[3]。野々村は、3年間に受け取った計1834万円の政務活動費全額を7月17日に返還した[14]

その後の兵庫県警察による事情聴取では、3年間の政務活動費の収支報告書に記載した計345回の日帰り出張にほとんど行っていないことを本人が認めた。受け取った政務活動費計1684万円についても、大半は政務活動には使わなかったことを認めた。そして切手代として計上していた約250万円も、実際には金券購入にほとんどを充てており、クレジットカードの明細書の店名を改竄して正規の支出を装っていた[15]

兵庫県警は、2015年(平成27年)1月19日に詐欺の容疑で野々村を書類送検した。政務活動費での購入が認められていないギフト券を購入したり、スーパーで食料や日用品を購入した際に政務活動費で賄っていたりした件については立件可能と判断したが、一方当初問題となった日帰り出張に関しては「行っていない証明」が難しく、数回分程度が裏付けられたにとどまり、立件金額は約220万円とされた[16][17][14]

神戸地方検察庁ではその後改めて捜索を行い、起訴対象額を約913万円に積み上げた上で、2015年(平成27年)8月18日に詐欺罪で野々村を在宅起訴した[14]。同年11月24日に神戸地方裁判所(佐茂剛裁判長)で第一審の初公判が開かれることになったが、公判当日、被告人である野々村本人は出席しなかった。弁護人は、野々村はマスメディアに見張られている状況が続いたことで精神的に負担となっており、当日もドアを開けた瞬間にメディア関係者と鉢合わせしてしまって、家を出られる状況ではないと連絡を受けたと説明した。これを受けて公判は開かれず、すぐに終了した[18]。やり直しの初公判は、2016年(平成28年)1月26日となり、その際には神戸地裁が今後も野々村の自主的な出廷が見込めないと判断したことから、野々村は神戸地裁の発布した勾引状により身柄を1月25日に拘束され、強制出廷させられた[19]。その後も、神戸地裁は以降の公判への影響を考慮して勾留が必要と判断し、2か月間の勾留を決定[20]、野々村は身柄を神戸拘置所に勾留された[21]。野々村はこの勾留決定を不服として最高裁判所特別抗告したものの、2月15日付の決定により棄却された。2月26日に弁護人が保釈を請求し、保証金800万円を納めて保釈された[22]。4月25日に開かれた論告求刑公判では、検察官は懲役3年を求刑して結審した[23]。7月6日の判決公判では、野々村の記憶にないという主張は虚偽の疑いが強いと判断し、また出張の事実はなかったとも判断して私的な流用を強く批判したものの、議員辞職したことや政務活動費の全額を返還していることを挙げて執行猶予が付され、懲役3年、執行猶予4年とする有罪判決が言い渡された[24]。7月20日の控訴期限までに、検察側・弁護側ともに控訴しなかったため、この判決が確定した[25]

有罪確定以降

2024年令和6年)4月ごろ、知識・経験・スキルを売買できるウェブサービス「ココナラ」に自身のページを立ち上げ、西洋占星術数秘術四柱推命による占いのサービスを提供し始めた。1回2,000円でキャリアのアドバイスなども提供し、おおむね好評であるという[4]

流行語

前述の通り、2014年7月1日に野々村が行った記者会見の様子は全国的に話題になった。同年の新語・流行語大賞には「号泣会見」がノミネート。[26]ガジェット通信ネット流行語大賞では「ンァッ! ハッハッハッハー!この日本ンフンフンッハアアアアアアアアアアァン!アゥッアゥオゥウアアアアアアアアアアアアアアーゥアン!コノヒホンァゥァゥ……アー!世の中を……ウッ……ガエダイ!」が銀賞を受賞した。[27]

選挙歴

脚注

外部リンク

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