野村直輝

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カタカナ ノムラ ナオキ
ラテン文字 NOMURA Naoki
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1991-04-17) 1991年4月17日(34歳)
野村 直輝
名前
カタカナ ノムラ ナオキ
ラテン文字 NOMURA Naoki
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1991-04-17) 1991年4月17日(34歳)
出身地 山口県下関市[1]
身長 168cm
体重 65kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 レノファ山口FC
ポジション MF
背番号 88
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2014-2018 日本の旗 横浜FC 138 (19)
2019 日本の旗 徳島ヴォルティス 39 (7)
2020-2025 日本の旗 大分トリニータ 155 (18)
2026- 日本の旗 レノファ山口FC
1. 国内リーグ戦に限る。2025年12月24日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

野村 直輝(のむら なおき、1991年4月17日 - )は、山口県下関市出身のプロサッカー選手Jリーグレノファ山口FC所属。ポジションはミッドフィールダー

5歳でサッカーを始め、小・中学校時代は地元クラブのセイザンFCに所属[1]下関中央工業高校では3年時に主将を務めた[2]。高校卒業後は日本経済大学に進学。

2014年、J2横浜FCに加入[3]。3月2日のJ2第1節・愛媛戦でJリーグデビューを果たす。4月29日の第10節・讃岐戦では途中出場からJリーグ初ゴールを決め、このゴールが決勝点となってチームに約1ヶ月ぶりの勝利をもたらした[4]。翌2015年に監督が山口素弘からミロシュ・ルスに代わると出場機会が激減。試合に出られないフラストレーションから反発した態度を取ったこともあったが、その行為を飯尾一慶安英学渡辺匠と先輩のチームメイトから窘められたことで意識を改善[5]、リーグ終盤には再び出場機会を得た。2016年以降は横浜FCで不動の主軸に成長したが、野村曰くこの時の経験が今に繋がったと述べている[6]

2019年、徳島ヴォルティスに完全移籍[7]。3-4-2-1システムのシャドー[8]としてリーグ戦39試合に出場を果たすと、7得点12アシストとキャリアハイの成績を残すなど存在感を発揮。徳島サポーターの投票により決定するMIPとシーズンベストゴール両方に選出された[9]。野村の活躍もありチームはJ1参入プレーオフ決定戦にまで進出したが、湘南ベルマーレに引き分け[注釈 1]、J1昇格は果たせなかった。

2020年、J1大分トリニータに完全移籍[10]。加入時の希望背番号は11番であったが田中達也と競合したため譲り、10番を選択した[8]。第1節・セレッソ大阪戦にて途中出場からJ1初出場を果たすも、その後は原因不明の膝の痛みにより長期離脱した[11]。9月16日、第24節・FC東京戦にて後半22分から7か月ぶりに公式戦出場を果たすと、J1初ゴールを奪うなど活躍し勝利に貢献した[12]。11月21日、第28節・川崎フロンターレ戦では前半34分に相手DF谷口彰悟に倒され得たPKを自ら決めると、これが決勝点となり目の前での川崎の優勝阻止の立役者となった[13]

2026年、地元である山口県のレノファ山口FCに完全移籍[14]

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2014横浜FC5J2183-10193
2015111-00111
201616384-11395
20177356-00356
2018365-00365
2019徳島11397-00397
2020大分10J118300-183
20211510020171
2022J22330000233
2023396-00396
20243430010353
20252620020282
通算日本J1 3340020354
日本J2 29940005130441
総通算 33244007133945

その他の公式戦

  • 2018年
  • 2019年
    • J1参入プレーオフ 3試合0得点
  • 2022年
    • J1参入プレーオフ 1試合0得点

選抜歴

  • 2011年 九州大学選抜
  • 2012年 九州大学選抜

脚注

関連項目

外部リンク

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